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毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
第8章 HOPE ―動き出す現実―
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第60話 嫉妬って…独占って

名前のない独占


昼。


ドラッグストア。


いつも通りの時間。


綾は、レジに立っている。


手は動く。

声も出る。


全部、問題ない。


――はずなのに。


少しだけ、気になる。


入口の方。


無意識に、何度か視線が向く。


理由は、分かっている。


でも。


認めるほどではない。


自分の中で、まだ。


そこまでじゃない。


自動ドアが開く。


音。


綾は、顔を上げる。


――違う。


世古じゃない。


それだけで。


ほんの少しだけ、何かが落ちる。


自分でも気づかないくらいの、小さな落差。


すぐに、戻す。


「いらっしゃいませ」


声は、いつも通り。



数分後。


また、音。


今度は。


分かる。


視線を上げる前に。


分かる。


世古が入ってくる。


いつも通り。


それだけ。


それなのに。


胸の奥が、少しだけ軽くなる。


綾は、何も考えない。


考えないまま。


ほんの少しだけ、姿勢を整える。


それだけ。



そのとき。


先に、声がかかる。


「先生」


綾の手が、止まりかける。


止めない。


動かす。


でも。


耳は、完全にそっちを向く。


世古が、足を止める。


声の方を見る。


女性。


前にも見た顔。


落ち着いた雰囲気。


距離が近い。


「この前の件、助かりました」


柔らかい声。


慣れている。


綾は、商品をスキャンする。


ピッ。


ピッ。


音が、やけに大きく聞こえる。


世古は、短く返す。


「そうですか」


それだけ。


女性は、少しだけ笑う。


「また相談してもいいですか?」


同じ流れ。


前と同じ。


それなのに。


綾の中では、違う。


「内容によります」


世古が答える。


いつも通り。


変わらない。


変わらないのに。


綾は、少しだけ息を詰める。


――来る。


また来る。


そう思ってしまう。


女性は、軽く頷く。


「じゃあ、また」


そう言って、少しだけ下がる。


完全には離れない。


距離を残したまま。


その感じが、やけに引っかかる。



世古が、レジに来る。


いつも通り。


それだけ。


それなのに。


綾の中は、少しだけ静かじゃない。


「いらっしゃいませ」


声が出る。


少しだけ固い。


自分でも分かる。


「袋、いりません」


同じやり取り。


綾は、頷く。


商品をスキャンする。


ピッ。


音が、整わない。


ほんの少しだけ、ズレる。


世古が、わずかに視線を落とす。


気づいている。


それでも、何も言わない。


それが、余計に気になる。


綾は、口を開く。


考えていない。


出てしまう。


「……さっきの方」


言ってから、少しだけ遅れて気づく。


踏み込んでいる。


でも。


止めない。


世古が、短く返す。


「保護者です」


それだけ。


説明はしない。


綾は、小さく頷く。


「……よく、来るんですか」


続ける。


自然なふりをして。


自然じゃない。


自分でも分かっている。


世古は、少しだけ間を置く。


「たまにです」


曖昧。


珍しい。


綾は、少しだけ視線を上げる。


世古を見る。


ほんの一瞬。


「……そうなんですね」


それだけ言う。


それ以上は、続けない。


続けられない。



会計が終わる。


商品を渡す。


指先が触れる。


いつも通り。


それなのに。


綾は、ほんの少しだけ強く握る。


一瞬だけ。


すぐに離す。


自分でも、理由が分からない。


世古は、何も言わない。


それでも。


ほんのわずかに、手が止まる。


それだけ。



世古が、店を出る。


背中が遠ざかる。


綾は、見ない。


見ないまま。


レジに戻る。



「……あーあ」


後ろから声。


同僚。


綾は、振り返らない。


「今の、完全に出てたよ」


楽しそうな声。


隠していない。


「何がですか」


綾は、淡々と返す。


同僚は、笑う。


「独占欲」


一言。


はっきりと。


綾の手が、止まる。


今度は、はっきりと。


「違います」


すぐに否定する。


間を置かずに。


強く。


同僚は、少しだけ目を細める。


「ふーん」


それだけ。


信じていない顔。


「まあ、いいけど」


また、それ。


でも。


今度は、少しだけ優しい。


「気づくの、遅いと大変だよ」


ぽつりと。


綾は、何も言えない。


言葉が、出てこない。



レジに立つ。


次の客。


「いらっしゃいませ」


声は、いつも通り。


でも。


胸の奥が、少しだけ違う。


さっきの言葉。


独占欲。


頭の中で、繰り返される。


違う。


はず。


そう思う。


それでも。


完全には、否定できない。


なぜか。


さっきの女性の顔が、浮かぶ。


距離。


声。


空気。


全部。


少しだけ、嫌だった。


理由は、分からない。


分かりたくもない。


それでも。


消えない。


綾は、小さく息を吐く。


まだ。


名前はつけない。


つけられない。


でも。


それは、もう。


そこにあった。


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