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毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
第8章 HOPE ―動き出す現実―
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第59話 それもいいよね

はじめての時間


夕方。


駅前。


人は多い。


でも。


その中で、綾は少しだけ浮いていた。


待ち合わせ。


それだけなのに。


落ち着かない。


時間を見る。


まだ少し早い。


それでも。


もう来ているかもしれない。


そう思って、顔を上げる。


――いる。


少し離れた場所。


世古。


壁にもたれかかっている。


動かない。


周りに溶け込んでいるのに。


なぜか、分かる。


綾は、少しだけ歩く。


距離を詰める。


「……こんにちは」


声をかける。


少しだけ、いつもより低い。


世古が、視線を向ける。


すぐに合う。


「どうも」


短く返る。


それだけ。


それなのに。


少しだけ、安心する。


沈黙。


気まずくはない。


でも。


何を話せばいいのか、少しだけ迷う。


「……どこか、行きますか」


綾が言う。


考えていない言葉。


そのまま出た。


世古は、少しだけ間を置く。


「任せます」


いつも通り。


綾は、少しだけ笑う。


「じゃあ」


一歩、前に出る。


「少しだけ、歩きましょうか」


それでいい。


特別な場所じゃなくていい。


隣を歩く。


距離は、少しだけある。


触れない。


でも。


遠くもない。


人の流れの中。


同じ速度で歩く。


それだけ。


「……仕事、どうですか」


綾が聞く。


普通の質問。


でも。


ちゃんと聞きたいこと。


世古は、前を見たまま答える。


「変わりません」


短い。


それでも。


嘘ではない。


綾は、小さく頷く。


「そうですよね」


それ以上は聞かない。


聞かなくても、分かるから。


少しだけ沈黙。


風が通る。


人の声が遠くなる。


「……あのとき」


綾が言う。


少しだけ、ためらいながら。


世古は、視線を動かさない。


でも。


聞いている。


「助けてくれたこと」


一拍。


「ちゃんと、ありがとうございますって言えてなかったので」


歩きながら。


少しだけ視線を落として言う。


世古は、少しだけ息を吐く。


「言われましたよ」


短く言う。


綾は、少しだけ首を振る。


「ちゃんとじゃなかったです」


はっきりと。


逃げない。


世古は、少しだけ考える。


ほんの一瞬。


「……そうですか」


それだけ。


でも。


受け取っている。


綾は、少しだけ笑う。


それでいい。


それ以上はいらない。


道が、少しだけ開ける。


人が減る。


空が見える。


綾は、足を止める。


世古も、止まる。


少しだけ向き合う形になる。


完全には、正面じゃない。


でも。


逃げてもいない。


「……無理してないですか」


綾が言う。


小さく。


でも。


まっすぐ。


世古は、少しだけ視線を上げる。


綾を見る。


ほんの一瞬だけ、間。


「してません」


即答。


いつも通り。


それなのに。


綾は、少しだけ眉を寄せる。


「……してる顔してますけど」


自然に出た。


気づけば。


そう言っていた。


世古は、少しだけ止まる。


言葉が、続かない。


珍しく。


その沈黙が、答えみたいだった。


綾は、少しだけ息を吐く。


それ以上、追わない。


「……じゃあ」


軽く言う。


少しだけ空気を戻す。


「コーヒーでも飲みますか」


世古は、短く頷く。


「行きます」


それだけ。



小さな店。


席は少ない。


静か。


ちょうどいい。


向かい合って座る。


距離が、少しだけ近い。


逃げ場もない。


でも。


嫌じゃない。


綾は、カップを持つ。


少しだけ温かい。


「……こういうの、初めてです」


ぽつりと言う。


世古は、少しだけ首を傾ける。


「何がですか」


綾は、少しだけ笑う。


「自分から誘うの」


正直に言う。


隠さない。


世古は、ほんの一瞬だけ視線を落とす。


それから。


「そうですか」


短く返す。


綾は、少しだけ目を細める。


「なんか、意外ですか」


世古は、少しだけ考える。


「……少し」


正直だった。


綾は、笑う。


今度は、少しだけ自然に。


沈黙。


でも。


今度は、軽い。


無理に埋めなくていい。


そのとき。


綾が、ふと気づく。


世古の手。


少しだけ、震えている。


ほんのわずか。


誰も気づかないくらい。


でも。


綾は、見てしまう。


「……」


何も言わない。


言わないまま。


そっと、自分のカップを少しだけ寄せる。


距離を詰めるみたいに。


それだけ。


世古は、何も言わない。


それでも。


ほんの少しだけ。


手の震えが、止まる。



店を出る。


外は、少し暗くなっている。


時間は、そんなに経っていない。


それでも。


何かは、確実に変わっている。


「……今日は」


綾が言う。


少しだけ迷いながら。


「ありがとうございました」


はっきりと。


今度は、ちゃんと。


世古は、軽く頷く。


「こちらこそ」


短く返す。


それだけ。


でも。


ちゃんと、返ってきた。


少しだけ間。


それから。


綾が言う。


「また」


一言。


世古は、すぐに答える。


「はい」


迷いなく。


それで、十分だった。


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