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毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
第8章 HOPE ―動き出す現実―
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第58話 谷河、盛大にどーん!やらかし

はじめての一歩


夕方。


ドラッグストア。


いつも通りの時間。


レジの前。


同じ景色。


それなのに。


綾の中だけが、少し違う。


胸の奥にあるもの。


もう、分かっている。


見ないふりも、できない。


逃げるのも、やめた。


だから。


今日は、少しだけ。


変える。


自動ドアが開く。


音がする。


綾は、顔を上げる。


世古がいる。


いつも通り。


でも。


今日は、それだけじゃない。


綾は、小さく息を吸う。


「いらっしゃいませ」


声を出す。


少しだけ、意識している。


世古がレジに来る。


「袋、いりません」


同じやり取り。


綾は、頷く。


商品をスキャンする。


ピッ、という音。


その中で。


言う。


今しかない。


「……あの」


声が出る。


止まらない。


世古が、視線を上げる。


綾は、逃げない。


「もしよかったら」


少しだけ間。


それでも、続ける。


「今度、お時間ありますか」


言ってしまう。


はっきりと。


自分で、自分の声が少し遠い。


それでも。


止めなかった。


世古は、少しだけ止まる。


ほんの一瞬。


その間が、やけに長く感じる。


「……どういう意味ですか」


真面目に返ってくる。


いつも通り。


それが、少しだけ可笑しい。


綾は、少しだけ笑う。


ほんの少しだけ。


「そのままの意味です」


言い切る。


逃げない。


世古は、綾を見る。


まっすぐに。


そのまま。


「時間はあります」


短く言う。


綾は、少しだけ息を吐く。


抜ける。


力が。


「……よかった」


小さく言う。


会計を終える。


商品を渡す。


今度は、指先が触れても、引かない。


一瞬だけ。


そのまま。


それでいい。


「じゃあ」


世古が言う。


それだけ。


それでも。


ちゃんと“次”がある言い方だった。


綾は、頷く。


「はい」


自動ドアが開く。


光が入る。


世古が出ていく。


綾は、その背中を見ない。


見なくても分かるから。


胸の奥が、少しだけ軽い。


それと同時に。


少しだけ、怖い。


でも。


後悔はなかった。



夜。


場所は変わる。


いつもの男たち。


煙草。


酒。


変わらない空気。


谷河が、やけに静かだった。


そのくせ。


口元だけが笑っている。


「……で?」


一言。


世古は、何も言わない。


グラスを持つ。


飲む。


それだけ。


谷河が、ニヤつく。


「誘われたろ」


即答。


逃がさない。


井上が、吹き出す。


「マジかよ」


清水が、静かに続ける。


「ついにですね」


山下は、世古を見る。


一度だけ。


「兄貴」


それだけ。


でも、全部含んでいる。


世古は、少しだけ視線を落とす。


「別に」


短く言う。


谷河が、即かぶせる。


「“別に”じゃねぇだろ」


身を乗り出す。


「お前さ」


少しだけ間。


それから。


「どんだけ待たせてんだよ」


静かに言う。


その言葉で、空気が変わる。


井上が、煙草をくわえたまま笑う。


「ほんとそれ」


「周りどんだけ来てると思ってんだよ」


清水が、淡々と補足する。


「複数名、確認済みです」


逃げ場がない。


谷河が続ける。


「で、本人から来たわけだ」


「しかもあの子」


一拍。


「分かってねぇ顔して、ちゃんと来てる」


世古は、何も言わない。


でも。


否定もしない。


谷河が、ふっと笑う。


「いいじゃん」


軽く言う。


でも。


逃がさない。


「行けよ」


短く。


はっきりと。


世古が、少しだけ目を閉じる。


ほんの一瞬。


それから。


「……分かってる」


小さく言う。


その言葉に。


全員、少しだけ止まる。


井上が、笑う。


「珍しいな」


清水も、わずかに口元を緩める。


山下は、何も言わない。


でも。


満足そうだった。


谷河が、最後に言う。


「遅ぇよ」


笑いながら。


でも。


ちゃんと届く声で。


世古は、何も言わない。


グラスを持つ。


飲む。


それで終わり。


でも。


その沈黙は。


今までと、少しだけ違っていた。


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