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毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
第8章 HOPE ―動き出す現実―
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第55話綾は見たくない④

少しだけ、近づく


夕方。


ドラッグストア。


いつも通りの時間。


レジの前。


同じ景色。


同じ音。


それでも。


今日は、少しだけ違う。


綾は、深く息を吸う。


吐く。


それを、もう一度。


胸の奥に残っているものを、無理に消さない。


消せないから。


代わりに。


そのまま、置いておく。


「いらっしゃいませ」


声を出す。


少しだけ、柔らかい。


意識している。


それでも、不自然じゃない。


自分の声だった。


自動ドアが開く。


あの音。


綾は、顔を上げる。


世古がいる。


ひとり。


それだけで、少しだけ安心する自分がいた。


――違う。


安心したわけじゃない。


ただ。


構えなくていいだけ。


そう言い聞かせる。


世古が、レジに来る。


いつも通りの距離。


いつも通りの空気。


それでも。


昨日とは、違う。


「袋、いりません」


同じ言葉。


綾は、頷く。


商品をスキャンする。


ピッ、という音。


一定のリズム。


その中で。


綾は、少しだけ考える。


言うか。


言わないか。


ここで黙れば、今まで通り。


何も変わらない。


それでも。


変えたいと思っている自分がいる。


ほんの少しだけ。


だから。


「……今日は」


声を出す。


自分で少しだけ驚く。


でも、止めない。


「お一人なんですね」


言い終えてから、少しだけ後悔する。


聞く必要のないこと。


意味もないこと。


それでも。


世古は、すぐに答える。


「そうですね」


短い。


でも、否定もしない。


綾は、小さく頷く。


それで終わってもよかった。


それだけでも、十分だった。


でも。


もう少しだけ。


「昨日、来てましたよね」


続ける。


逃げない。


世古の手が、ほんのわずかに止まる。


それだけ。


すぐに戻る。


「来てました」


あっさりと認める。


隠さない。


綾は、少しだけ視線を上げる。


ほんの一瞬だけ、目が合う。


逸らさない。


今度は。


「……先生って、人気あるんですね」


言ってしまう。


少しだけ、遠回しに。


でも、ちゃんと届く言葉。


世古は、綾を見る。


ほんの一瞬だけ、間。


それから。


「関係ないです」


短く言う。


綾は、少しだけ眉を寄せる。


「関係なくないと思いますけど」


自然に返していた。


前なら、言えなかった言葉。


世古は、少しだけ視線を落とす。


考える。


ほんの一瞬。


「……そうかもしれません」


珍しく、曖昧な返事。


綾は、少しだけ息を吐く。


少しだけ。


ほんの少しだけ。


距離が縮まった気がした。


商品を袋に入れる。


手渡す。


指先が、また少しだけ触れる。


今度は、引かない。


一瞬だけ。


そのまま。


それだけ。


それ以上は、しない。


「ありがとうございました」


綾が言う。


世古は、軽く頷く。


そのまま、背を向ける。


自動ドアが開く。


外の光。


その中へ、歩いていく。


綾は、その背中を見る。


昨日とは違う。


見ている自分が、違う。


胸の奥にあるものは、消えていない。


でも。


押し込めてもいない。


そのまま。


ちゃんと持っている。


それでいいと思った。


レジに戻る。


次の客を待つ。


日常は、続く。


それでも。


ほんの少しだけ。


進んでいる。


その実感だけが、残った。


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