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毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
第8章 HOPE ―動き出す現実―
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第52話 綾は見たくない①

見たくなかったもの


夕方。


ドラッグストアは、少しだけ混んでいた。


レジの音が重なる。

人の声が重なる。


いつもより、少しだけ騒がしい。


綾は、いつも通りレジに立っている。


手は動く。

声も出る。


「いらっしゃいませ」


「ポイントカードお持ちですか」


同じ動作。

同じ言葉。


それなのに。


どこか、落ち着かない。


理由は分かっている。


今日は、来る気がしていた。


根拠はない。

でも、そう思っていた。


自動ドアが開く音。


綾は、顔を上げる。


その人がいた。


世古。


いつも通りの歩き方。

いつも通りの視線。


何も変わらない。


それなのに。


今日は、少しだけ違う。


――ひとりじゃない。


その横に、女性がいた。


綾は、一瞬だけ思考が止まる。


女性は、落ち着いた雰囲気だった。


年齢は、少し上。

服装も、きちんとしている。


保護者かもしれない。

教員かもしれない。


分からない。


でも。


距離が近い。


自然な距離だった。


世古が何かを言う。


女性が笑う。


その笑い方が、少しだけ柔らかい。


綾は、視線を落とす。


バーコードを読み取る。


ピッ、という音が響く。


それなのに。


音が遠い。


聞こえているはずなのに、意味が入ってこない。


「……次の方どうぞ」


声は出ている。


ちゃんと。


でも。


自分の声じゃないみたいだった。


横目で、見てしまう。


見ないようにしても、入ってくる。


世古が商品を手に取る。


女性が何かを話す。


世古が、少しだけ頷く。


そのやり取りが、やけに自然で。


やけに、普通で。


やけに。


引っかかった。


順番が来る。


綾の前に、二人が立つ。


距離が、一気に近くなる。


逃げ場がない。


「いらっしゃいませ」


声が、少しだけ硬い。


自分でも分かる。


女性が、軽く会釈する。


世古は、いつも通り。


「袋、いりません」


同じ言葉。


それだけで。


少しだけ、安心しそうになる自分がいた。


綾は、商品をスキャンする。


手は、いつも通り。


でも。


ほんの少しだけ、遅い。


女性が、世古を見る。


「先生、これどう思います?」


何気ない声。


でも。


“先生”という呼び方が、はっきり耳に残る。


綾の指が、一瞬だけ止まる。


世古は、商品を見て答える。


「別にいいんじゃないですか」


短い。


でも。


少しだけ、柔らかい。


その“少しだけ”が、分かってしまう。


綾は、視線を上げられない。


上げたら、何かが出そうだった。


「……お会計、◯◯円です」


機械的に言う。


女性が財布を出す。


世古は、何も言わない。


いつも通り。


それが、逆に苦しい。


会計が終わる。


商品を袋に入れる。


手が、少しだけ強くなる。


自分でも気づく。


でも、直せない。


女性が受け取る。


「ありがとうございます」


柔らかい声。


綾は、顔を上げる。


「ありがとうございました」


ちゃんと返す。


でも。


視線は、女性に向けたままだった。


世古の方を、見なかった。


見たら。


たぶん、何かが崩れる。


二人が、店を出る。


自動ドアが開く。


光が入る。


そのまま、並んで歩いていく。


自然な距離で。


自然なまま。


綾は、その場に立ったまま動けなかった。


次の客が来る。


「いらっしゃいませ」


声は出る。


でも。


頭の中では、さっきの光景が残っている。


何度も。


何度も。


繰り返される。


――距離。


――声。


――呼び方。


全部。


消えない。


綾は、小さく息を吐く。


そして。


初めて、はっきり思う。


「……嫌だ」


声には出さない。


出せない。


でも。


確かに、そう思った。


これは。


もう。


“ただの焦り”じゃなかった。


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