特別編 世古がやたらとモテる件②
夜。
いつもの場所。
煙草の煙。
酒の匂い。
静かでもなく、うるさくもない時間。
谷河が、缶ビールを開ける。
「……でさ」
一口飲んでから言う。
「世古、またモテてんだって?」
世古は、何も言わない。
グラスに視線を落としたまま。
「何の話だ」
短く返す。
山下が、煙草を灰皿に押し付ける。
「学校の話だろ」
それだけ。
具体的に言わない。
でも、それで通じる。
清水が、静かに続ける。
「保護者。教員。実習生」
一つずつ並べる。
「フルコンボですね」
淡々と。
逃げ場がない。
井上が、笑う。
「お前、教師やめてホストやれよ」
軽い調子。
でも、半分本気。
世古は顔を上げない。
「やらない」
即答。
迷いがない。
谷河が笑う。
「いやでもさ」
「副校長でそれはズルいって」
少しだけ身を乗り出す。
「肩書き強い、落ち着いてる、顔そこそこ、金もある」
指を折って数える。
「そりゃモテるわ」
世古は、ゆっくりグラスを置く。
「興味ない」
それだけ。
空気が、一瞬だけ止まる。
井上が、肩をすくめる。
「出たよ、それ」
「一番モテるやつのセリフな」
清水が、小さく笑う。
「自覚がないのが、一番厄介です」
山下は、何も言わない。
ただ、世古を一度だけ見る。
それで、分かっている。
谷河が、ふっと笑う。
「いやさ」
「問題はそこじゃねぇんだよ」
少しだけ、声のトーンが変わる。
全員が、何となく察する。
「店の子」
それだけ言う。
世古の指が、ほんの少し止まる。
「……平泉か」
名前を出す。
一瞬の沈黙。
井上が、ニヤッとする。
「おい、名前出したぞ」
谷河が笑う。
「分かりやすっ」
世古は、表情を変えない。
「客だ」
短く言う。
清水が、すぐに返す。
「それにしては、見てますよね」
静かに刺す。
世古は何も言わない。
山下が、低く口を開く。
「兄貴」
それだけで、場が少し締まる。
「自覚ねぇなら、持っとけ」
短い。
でも、重い。
世古が、少しだけ視線を上げる。
山下を見る。
「何のだ」
「影響力だ」
即答。
言い切る。
「関わるってことは、そういうことだ」
谷河が、横でうなずく。
「まあなー」
「世古、普通に人の人生変えるタイプだからな」
軽く言う。
でも軽くない。
井上が、笑いながら言う。
「しかも無自覚でな」
清水が続ける。
「一番危険です」
世古は、少しだけ目を閉じる。
一瞬だけ。
「……関係ない」
小さく言う。
谷河が、すぐに拾う。
「関係あるって」
間を詰める。
「店、通ってんだろ」
世古は、何も言わない。
否定しない。
それが答えだった。
井上が、煙草をくわえる。
「で?」
「その子、どうなんだよ」
世古が、視線を落とす。
少しだけ。
考える。
ほんの一瞬。
「……普通だ」
それだけ。
全員、止まる。
そして。
谷河が、吹き出す。
「出たよそれ!」
井上も笑う。
「終わってんな」
清水が、淡々と補足する。
「“普通”=気にしている、ですね」
山下は、何も言わない。
ただ、小さく笑った。
ほんのわずかに。
世古は、グラスを持つ。
飲む。
それで終わらせるつもりだった。
でも。
谷河が、最後に言う。
「まあさ」
少しだけ、優しい声になる。
「たまには、選べよ」
軽く言う。
でも、逃がさない。
世古は、何も言わない。
答えない。
でも。
その沈黙が、少しだけ長かった。
⸻
夜は続く。
会話も、続く。
それでも。
一つだけ。
少しだけ、残る。
“普通”じゃないものが。
世古の中に。




