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毎日来る副校長が、なぜか“会計の瞬間だけ消える”話  作者: おみき
第7章「同じ音、違う意味」
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特別編①相模湖って山梨県じゃないらしいよ

朝。


北山学園の駐車場。


まだ人は少ない静かな時間。


そこに、一台の車が止まっている。


谷河が運転席から降りる。


「おはよーございまーす」


朝には少しだけ大きい声。


それでも浮いてはいない。


山下は、すでにいた。


車の後ろ、荷台には大量の食材。肉、野菜、酒。無駄がない。


「うるせぇ」


短く言う。それで十分だった。


「仕入れすぎじゃないすか?」


谷河が覗く。


「足りねぇ方が困る」


即答。理由としては、それで足りる。


少し遅れて井上と清水が来る。


「……なんで俺来てんだろ」


井上が呟く。毎回同じ言葉。そして毎回来ている。


「たまたまですよね」


清水が淡々と言う。


「皆勤ですけど」


井上は黙る。否定しない。できない。


最後に世古が来る。


何も言わない。遅れた理由も言わない。必要がないから。


「じゃ、行きますか」


谷河が手を叩く。それで全員が動く。


目的地は相模湖。



道中。


「山下さん、食品会社でしたっけ」


井上が聞く。


「表向きな」


短い返事。それ以上は聞かない。


「この辺、うちの山ありますよ。ペンションも」


清水が何でもないことみたいに言う。


谷河が振り返る。


「なんでここでキャンプしてんだよ」


「こっちの方が面白いでしょう」


即答。それで終わる。


世古は何も言わない。ただ前を見ている。



相模湖。


車が止まる。空気が少しだけ軽くなる。


谷河が降りて、大きく伸びる。


「よし、遊ぶぞ」


誰も否定しない。それぞれが自然に動く。


荷物を運び、火を起こす。役割は決めていない。それでも回る。


世古はテントを組む。無駄がない。


……が、少しだけ間違える。


「世古、それ逆」


谷河が言う。


世古、止まる。


「……そうか」


静かに直す。それでいい。


火がつく。煙が上がる。肉が焼ける。匂いが広がる。


そのとき。


谷河がふと振り返る。


「いや待て待て」


全員の視線が集まる。


「こんなとこで怪我でもしたらどうするの、お前ら」


一瞬、間。


井上が煙草をくわえたまま答える。


「安心しろ」


一拍。


「執刀医は俺がやってやる」


軽い。


でも軽くない。


間髪入れず、清水。


「一応、手術前に誓約書だけ書いておきます?」


淡々と。


逃げ場がない。


谷河が笑う。


「いや地味に怖いってそれ」


山下は何も言わないが、火の加減を見ている。


その横で、ぽつりと。


「死なねぇようにやれ」


それだけ。


全員、少しだけ笑う。


谷河が視線を向ける。


「……世古、なんか言えよ」


世古は視線を上げ、全員を見る。


一瞬だけ。


「好きにしろ」


それだけ。


谷河が笑う。


「はい、自己責任な」


それで場はまとまる。



夕方。


火が落ち着き、空が変わる。


音が減り、夜が来る。



夜・湖畔


火はほとんど消え、赤い炭だけが残る。


世古は少し離れた場所で湖を見ている。


立ったまま、動かない。


足音。


谷河が来て、隣に立つ。


何も言わない。距離だけがある。


「……珍しいな」


「こういうとこ来るの」


世古は短く返す。


「そうか」


それだけ。


谷河が少し笑う。


「いや、そうだろ」


一歩だけ踏み込む。それ以上は行かない。


「……さっきさ」


「井上も清水も」


少し間を置く。


「結局、来てんだよな」


世古は何も言わない。


でも、分かっている。


「山下も。俺も」


そこで止める。


谷河が横を見る。


「……世古」


呼ぶ。


「お前さ」


一瞬だけ迷って、


「……ズルいわ」


小さく言う。


世古は湖を見たまま。


「何がだ」


「分かってるくせに」


沈黙。


風が揺れる。


「……死ぬなよ」


ぽつりと落ちる。


世古がわずかに視線を動かす。


「お前もな」


それで終わる。



翌朝


冷たい空気。


火は消えている。それでも昨日の余韻は残っている。


谷河が伸びる。


「筋肉痛確定っすねこれ」


山下が無言でコーヒーを渡す。


井上はすでに起きている。


清水は新聞を読んでいる。


世古は湖を見ている。


変わらない。


でも、少しだけ違う。


「またやるか」


谷河が言う。


誰も答えない。


でも、否定もない。


それで十分だった。


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