特別編①相模湖って山梨県じゃないらしいよ
朝。
北山学園の駐車場。
まだ人は少ない静かな時間。
そこに、一台の車が止まっている。
谷河が運転席から降りる。
「おはよーございまーす」
朝には少しだけ大きい声。
それでも浮いてはいない。
山下は、すでにいた。
車の後ろ、荷台には大量の食材。肉、野菜、酒。無駄がない。
「うるせぇ」
短く言う。それで十分だった。
「仕入れすぎじゃないすか?」
谷河が覗く。
「足りねぇ方が困る」
即答。理由としては、それで足りる。
少し遅れて井上と清水が来る。
「……なんで俺来てんだろ」
井上が呟く。毎回同じ言葉。そして毎回来ている。
「たまたまですよね」
清水が淡々と言う。
「皆勤ですけど」
井上は黙る。否定しない。できない。
最後に世古が来る。
何も言わない。遅れた理由も言わない。必要がないから。
「じゃ、行きますか」
谷河が手を叩く。それで全員が動く。
目的地は相模湖。
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道中。
「山下さん、食品会社でしたっけ」
井上が聞く。
「表向きな」
短い返事。それ以上は聞かない。
「この辺、うちの山ありますよ。ペンションも」
清水が何でもないことみたいに言う。
谷河が振り返る。
「なんでここでキャンプしてんだよ」
「こっちの方が面白いでしょう」
即答。それで終わる。
世古は何も言わない。ただ前を見ている。
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相模湖。
車が止まる。空気が少しだけ軽くなる。
谷河が降りて、大きく伸びる。
「よし、遊ぶぞ」
誰も否定しない。それぞれが自然に動く。
荷物を運び、火を起こす。役割は決めていない。それでも回る。
世古はテントを組む。無駄がない。
……が、少しだけ間違える。
「世古、それ逆」
谷河が言う。
世古、止まる。
「……そうか」
静かに直す。それでいい。
火がつく。煙が上がる。肉が焼ける。匂いが広がる。
そのとき。
谷河がふと振り返る。
「いや待て待て」
全員の視線が集まる。
「こんなとこで怪我でもしたらどうするの、お前ら」
一瞬、間。
井上が煙草をくわえたまま答える。
「安心しろ」
一拍。
「執刀医は俺がやってやる」
軽い。
でも軽くない。
間髪入れず、清水。
「一応、手術前に誓約書だけ書いておきます?」
淡々と。
逃げ場がない。
谷河が笑う。
「いや地味に怖いってそれ」
山下は何も言わないが、火の加減を見ている。
その横で、ぽつりと。
「死なねぇようにやれ」
それだけ。
全員、少しだけ笑う。
谷河が視線を向ける。
「……世古、なんか言えよ」
世古は視線を上げ、全員を見る。
一瞬だけ。
「好きにしろ」
それだけ。
谷河が笑う。
「はい、自己責任な」
それで場はまとまる。
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夕方。
火が落ち着き、空が変わる。
音が減り、夜が来る。
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夜・湖畔
火はほとんど消え、赤い炭だけが残る。
世古は少し離れた場所で湖を見ている。
立ったまま、動かない。
足音。
谷河が来て、隣に立つ。
何も言わない。距離だけがある。
「……珍しいな」
「こういうとこ来るの」
世古は短く返す。
「そうか」
それだけ。
谷河が少し笑う。
「いや、そうだろ」
一歩だけ踏み込む。それ以上は行かない。
「……さっきさ」
「井上も清水も」
少し間を置く。
「結局、来てんだよな」
世古は何も言わない。
でも、分かっている。
「山下も。俺も」
そこで止める。
谷河が横を見る。
「……世古」
呼ぶ。
「お前さ」
一瞬だけ迷って、
「……ズルいわ」
小さく言う。
世古は湖を見たまま。
「何がだ」
「分かってるくせに」
沈黙。
風が揺れる。
「……死ぬなよ」
ぽつりと落ちる。
世古がわずかに視線を動かす。
「お前もな」
それで終わる。
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翌朝
冷たい空気。
火は消えている。それでも昨日の余韻は残っている。
谷河が伸びる。
「筋肉痛確定っすねこれ」
山下が無言でコーヒーを渡す。
井上はすでに起きている。
清水は新聞を読んでいる。
世古は湖を見ている。
変わらない。
でも、少しだけ違う。
「またやるか」
谷河が言う。
誰も答えない。
でも、否定もない。
それで十分だった。




