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第5話 名前

同じ時間。

同じレジ。

同じ場所。


変わらないはずの景色。


⸻


それでも。


綾の中では、少しだけ変わっている。


意識している。

認めたくないけど、気づいている。


⸻


ドアの音。


顔を上げる。


――いた。


⸻


いつもの人。


まだ、名前は知らない。


それなのに、“いつもの人”で通じる。


それが、少しだけおかしい。


⸻


今日も同じように商品を持って並ぶ。


余計なものは持たない。

迷いもない。


その動きは、やっぱり整っている。


⸻


順番が来る。


目が合う。

一瞬だけ。


⸻


「いらっしゃいませ」


綾は言う。


少しだけ、意識している。


その人は、軽く頷く。

それだけ。


⸻


バーコードを通す。

音が鳴る。


一定のリズム。


それが、少しだけ心地いい。


そんなこと、思う必要はないのに。


⸻


会計が終わる。


「袋、いりません」


いつも通り。

変わらない。


⸻


それでも。


今日は、少しだけ違う。


⸻


会計のあと。


その人は、動かない。


ほんの一瞬。


⸻


綾は、顔を上げる。


視線が合う。


⸻


「平泉さん」


⸻


穏やかで、小さな声。


それなのに。


自分の名前が、少しだけ遠くから聞こえた気がした。


⸻


綾は、一瞬だけ戸惑う。


名札に名前はある。

でも、呼ばれることはあまりない。


⸻


普通は、「店員さん」で終わる。


⸻


「……はい」


小さく返す。


⸻


たったそれだけなのに。


なぜか、少しだけ違って聞こえる。


自分の名前なのに。


――自分のものじゃないみたいに。


⸻


その人は、視線を戻してから言う。


「いつも、ありがとうございます」


短く、それだけ。


⸻


綾は、言葉を失う。


何か特別なことをしたつもりはない。


それでも。


何も言わないまま終わらせるのは、違う気がした。


⸻


ほんの少し迷ってから、言う。


「……こちらこそ、いつもありがとうございます」


⸻


そのまま終わるはずだった。


⸻


でも。


⸻


「……お名前、伺ってもいいですか?」


⸻


自分で言って、少し驚く。


客の名前を聞いたことはない。


自然かどうかも分からない。


⸻


それでも。


聞かないままではいられなかった。


⸻


その人は、少しだけ間を置く。


⸻


それから。


「世古……公士です」


⸻


短い名前。


余計なものがない。


それなのに。


はっきりと、残る。


⸻


綾は、心の中で繰り返す。


世古。


⸻


声には出さない。


でも。


忘れないと分かる形で、残る。


⸻


「……ありがとうございます」


少し遅れて言う。


変なタイミング。


それでも、それでよかった。


⸻


世古は、軽く頷く。


それから商品を持つ。


振り返らないまま、店を出る。


⸻


いつも通り。


⸻


それなのに。


今日は、少しだけ違う。


⸻


綾は、その背中を見る。


少しだけ長く。


⸻


すぐに、次の客が来る。


「いらっしゃいませ」


声を出す。

手を動かす。


いつも通りに戻る。


⸻


でも。


⸻


完全には戻らない。


⸻


胸の奥に、残っている。


名前。


平泉さん。


そして。


世古。


⸻


たったそれだけなのに。


⸻


――もう、“いつもの人”ではなかった。

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