第4話 少しだけ近い
同じ時間。
同じ場所。
同じレジ。
綾は、今日もそこに立っている。
制服。
名札。
慣れた動き。
考えなくても、手は動く。
「いらっしゃいませ」
声も、いつも通り。
特別なことはない。
――そのはずだった。
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でも、少しだけ違う。
理由は分かっている。
視線が、入口に向く回数が増えている。
無意識に。
気づかないふりをしているだけで、分かっている。
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ドアが開く音。
一瞬だけ、顔を上げる。
――いた。
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いつもの人。
特別なことは、何もない。
買うものも、だいたい同じ。
飲み物。
軽い食べ物。
余計なものは買わない。
それも、少しだけ変だと思う。
無駄がない。
きっちりしている。
でも、きっちりしすぎていない。
説明しにくいけど、整っている。
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順番が来る。
前の客が終わる。
自然に、前に出る。
目が合う。
ほんの一瞬。
それだけ。
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「いらっしゃいませ」
綾は言う。
いつもと同じ。
そのはずなのに、少しだけ意識する。
その人は、軽く頷く。
それだけ。
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バーコードを通す。
音が鳴る。
一つ。
二つ。
手は止まらない。
それでも、意識はそこにある。
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「袋、いりません」
いつもの言葉。
変わらない。
それなのに。
少しだけ、違って聞こえる。
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会計を終える。
商品を渡す。
そのとき、ほんの少しだけ間があく。
意図したものじゃない。
でも、完全に偶然でもない。
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その人が、ふと口を開く。
「……今日は忙しいですか?」
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短い言葉。
初めての、質問。
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綾は、一瞬だけ止まる。
予想していなかった。
それでも、すぐに答える。
「時間によります……ね」
無難な答え。
それでいい。
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その人は、少しだけ間を置く。
考えるように。
確かめるように。
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「そうなんですね」
それだけ。
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会話は終わる。
それ以上は続かない。
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でも。
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確かに、何かが変わる。
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その人は、そのまま出ていく。
いつも通り。
振り返らない。
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特別なことは、何もない。
そのはずなのに。
綾は、少しだけその背中を見ていた。
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――“話しかけられた”。
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それだけのことなのに。
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次の客が来る。
「いらっしゃいませ」
声を出す。
手を動かす。
いつも通りに戻る。
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でも。
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完全には戻らない。
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さっきの言葉が、残っている。
たった一言。
それだけなのに、消えない。
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「……なんでだろ」
小さく呟く。
答えは、出ない。
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ただ。
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前より、少しだけ気になっている。
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――気づかなければよかったと、思うくらいに。




