第38話 目を開けた人
時間が、どれくらい経ったのか分からない。
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同じ姿勢のまま。
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同じ場所で。
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私は、そこにいた。
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動いていない。
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動く理由が、なかった。
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手を握ったまま。
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離さずに。
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力の加減も分からないまま。
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ただ、そこにあることだけを確かめている。
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機械の音だけが、続いている。
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一定のリズム。
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変わらない音。
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それが、今の現実。
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それが止まれば、
終わる。
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そんな音。
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ふと。
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違和感が走る。
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ほんのわずか。
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音じゃない。
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空気の揺れ。
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何かが、ズレる。
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気のせいかもしれない。
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そう思う。
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思おうとする。
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それでも。
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視線を上げる。
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顔を見る。
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そのとき。
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まぶたが、わずかに動く。
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止まる。
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時間が、止まる。
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呼吸も。
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思考も。
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全部。
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「……」
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声が出ない。
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見間違いじゃない。
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もう一度。
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ゆっくりと。
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動く。
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小さい。
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でも、確実に。
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そして。
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目が、開く。
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光が、入る。
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その人の中に。
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完全じゃない。
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焦点も、合っていない。
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どこを見ているのか、分からない。
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それでも。
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“こちら側”に戻ってきている。
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私は、声が出なかった。
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呼ばなきゃいけないのに。
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名前を呼ぶべきなのに。
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何も出てこない。
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ただ、見ている。
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現実が、戻ってくる。
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遅れて。
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ゆっくりと。
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重く。
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その人は、少しだけ視線を動かす。
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彷徨う。
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定まらない。
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何かを探している。
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場所じゃない。
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形でもない。
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“確認するもの”。
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そんな動き。
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私は、手を強く握る。
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ここにいると、伝えるみたいに。
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「……ここです」
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やっと、声が出る。
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小さく。
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かすれている。
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それでも。
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ほどけないように、置く。
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その人の視線が、止まる。
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私の方に。
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焦点は、まだ曖昧。
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それでも。
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“合った”。
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そう感じる。
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確信じゃない。
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でも。
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間違いじゃない。
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しばらく、何もない。
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言葉も。
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動きも。
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ただ。
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繋がっている時間だけが、そこにある。
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そのあと。
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ほんの少しだけ。
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口が動く。
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音にならない。
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空気だけが漏れる。
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それでも。
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何かを言おうとしている。
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私は、顔を近づける。
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距離が、消える。
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息が触れる。
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その境界まで。
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その人は。
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かすれた声で。
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ようやく、言う。
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「……君は、大丈夫か」
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それだけ。
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たった、それだけ。
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でも。
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順番が、違う。
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普通なら。
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違うはずなのに。
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それでも。
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この人は、そう言う。
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自分じゃない。
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先に、こちらを見る。
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その癖みたいなものが、
変わっていない。
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私は、言葉を失う。
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何も言えなかった。
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胸の奥で、何かがほどける。
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遅れて。
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一気に。
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涙だけが、落ちる。
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止まらない。
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声にはならない。
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その人は、もう何も言わない。
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限界だった。
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目を閉じる。
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眠るみたいに。
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ゆっくりと。
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意識を、手放す。
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それでも。
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さっきとは違う。
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消えるような閉じ方じゃない。
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“戻る途中の休み方”。
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ちゃんと、繋がっている。
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ここに。
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私は、その場で泣いた。
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声を出さずに。
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ただ、静かに。
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手を握ったまま。
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もう、離さないまま。




