表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/177

第38話 目を開けた人

時間が、どれくらい経ったのか分からない。



同じ姿勢のまま。



同じ場所で。



私は、そこにいた。



動いていない。



動く理由が、なかった。



手を握ったまま。



離さずに。



力の加減も分からないまま。



ただ、そこにあることだけを確かめている。



機械の音だけが、続いている。



一定のリズム。



変わらない音。



それが、今の現実。



それが止まれば、


終わる。



そんな音。



ふと。



違和感が走る。



ほんのわずか。



音じゃない。



空気の揺れ。



何かが、ズレる。



気のせいかもしれない。



そう思う。



思おうとする。



それでも。



視線を上げる。



顔を見る。



そのとき。



まぶたが、わずかに動く。



止まる。



時間が、止まる。



呼吸も。



思考も。



全部。



「……」



声が出ない。



見間違いじゃない。



もう一度。



ゆっくりと。



動く。



小さい。



でも、確実に。



そして。



目が、開く。



光が、入る。



その人の中に。



完全じゃない。



焦点も、合っていない。



どこを見ているのか、分からない。



それでも。



“こちら側”に戻ってきている。



私は、声が出なかった。



呼ばなきゃいけないのに。



名前を呼ぶべきなのに。



何も出てこない。



ただ、見ている。



現実が、戻ってくる。



遅れて。



ゆっくりと。



重く。



その人は、少しだけ視線を動かす。



彷徨う。



定まらない。



何かを探している。



場所じゃない。



形でもない。



“確認するもの”。



そんな動き。



私は、手を強く握る。



ここにいると、伝えるみたいに。



「……ここです」



やっと、声が出る。



小さく。



かすれている。



それでも。



ほどけないように、置く。



その人の視線が、止まる。



私の方に。



焦点は、まだ曖昧。



それでも。



“合った”。



そう感じる。



確信じゃない。



でも。



間違いじゃない。



しばらく、何もない。



言葉も。



動きも。



ただ。



繋がっている時間だけが、そこにある。



そのあと。



ほんの少しだけ。



口が動く。



音にならない。



空気だけが漏れる。



それでも。



何かを言おうとしている。



私は、顔を近づける。



距離が、消える。



息が触れる。



その境界まで。



その人は。



かすれた声で。



ようやく、言う。



「……君は、大丈夫か」



それだけ。



たった、それだけ。



でも。



順番が、違う。



普通なら。



違うはずなのに。



それでも。



この人は、そう言う。



自分じゃない。



先に、こちらを見る。



その癖みたいなものが、


変わっていない。



私は、言葉を失う。



何も言えなかった。



胸の奥で、何かがほどける。



遅れて。



一気に。



涙だけが、落ちる。



止まらない。



声にはならない。



その人は、もう何も言わない。



限界だった。



目を閉じる。



眠るみたいに。



ゆっくりと。



意識を、手放す。



それでも。



さっきとは違う。



消えるような閉じ方じゃない。



“戻る途中の休み方”。



ちゃんと、繋がっている。



ここに。



私は、その場で泣いた。



声を出さずに。



ただ、静かに。



手を握ったまま。



もう、離さないまま。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ