表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/177

第33話 間に合わない場所

救急車の中は、狭かった。



音が近い。



機械の音。


短い指示。



すべてが、速い。



時間だけが、ずれている。



私は、ただ座っている。



何もできない。


動けない。



視線は、一点に固定されている。



担架の上。



あの人。



動かない。



呼ばれている。


触れられている。



それでも。



返ってこない。



「意識なし!」



声が飛ぶ。



「呼吸、弱い!」



言葉が重なる。



意味は分かる。



でも。



理解しようとしない。



できない。



ただ。



一つだけ。



頭の中で繰り返される。



――さっきまで。



あそこにいた。



レジの前に。



いつも通りに。



それが、繋がらない。



現実にならない。



救急車が止まる。



扉が開く。



光が、差し込む。



一瞬だけ、現実が戻る。



運び出される。



私は、後ろからついていく。



止められない。



止まれない。



井上総合病院。



名前を見た瞬間、胸が重くなる。



ここは。



助かる場所のはずなのに。



中に入る。



白い光。


消毒の匂い。


冷たい空気。



全部が、整っている。



それなのに。



何かが、間に合っていない。



担架が押し込まれる。



処置室。



ドアが開く。



その奥に。



井上がいた。



目が合う。



一瞬だけ。



時間が止まる。



井上の表情が変わる。



はっきりと。



初めて見る顔。



「……おい」



低い声。



それは。



医者の声じゃなかった。



人の声だった。



「状況は!」



すぐに切り替わる。



指示が飛ぶ。



周囲が動く。


機械が動く。


音が増える。



私は、ドアの外に立っている。



入れない。



入らない。



ただ、そこにいる。



ガラス越しに見える。



動かない体。



動き続ける手。



井上の手。



迷いがない。



それでも。



どこか、強すぎる。



“間に合わせるために、無理を通している”。



そんな動きだった。



「心停止」



誰かが言う。



その言葉が、静かに落ちる。



私は、動けなかった。



理解は、していない。



それでも。



分かる。



間に合っていない。



井上が、何かを言う。



聞こえない。



ただ、見える。



諦めていない。



止めない。



普通なら。



止めるはずのところで。



止めていない。



理由がある。



そう思ってしまう。



そう思いたい。



時間が、伸びる。



長すぎる。



終わるべき時間を、越えている。



それでも。



終わらない。



私は、壁にもたれかかる。



力が入らない。



それでも。



目は、離せない。



――ありがとう。



言ってない。



言っていないのに。



その言葉だけが、残る。



何度も。



何度も。



繰り返される。



遅すぎる言葉。



それでも。



消えない。



私は、口を開く。



声は出ない。



それでも。



中に向かって。



何かを伝えようとする。



届かない。



それでも。



やめられない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ