第27話 守れるもの、守れないもの
現実には、線がある。
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越えてはいけない線。
越えられない線。
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守るための線。
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そして。
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最初から、守る必要のないもの。
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昼過ぎ。
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三人で、同じ席に座っている。
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父と。
母と。
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そして、自分。
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目の前には、整えられた机。
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その向こうに、清水がいる。
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「結論からお伝えします」
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静かな声。
それだけで、空気が変わる。
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「今回の借入については」
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ほんのわずかに間。
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「違法性が認められる可能性が高いです」
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父の肩が、わずかに揺れる。
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「……違法、ですか」
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かすれた声。
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清水は、小さく頷く。
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「返済義務そのものを争うことができます」
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沈黙が落ちる。
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私は、言葉を探す。
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「……払わなくていい、可能性があるってことですか」
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「はい」
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はっきりと。
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その一言で、何かが崩れる。
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父の中で。
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「……すみません」
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小さく、父が言う。
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私は、何も言えなかった。
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清水は、静かに続ける。
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「責任ではないものまで、背負う必要はありません」
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一拍。
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「ただし、全てが無くなるわけではありません」
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優しい言葉。
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それでも。
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逃げ場は残されていない。
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数日後。
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再び、病院。
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会計の前に立つ。
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三人で並ぶ。
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番号が呼ばれる。
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「平泉様」
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カウンターへ進む。
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「本日のお支払いと――少々お待ちください」
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意味が分からない。
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分かったとしても、何も変わらない。
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三千万円。
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どうしようもない。
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覚悟していたはずなのに。
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それでも、息が止まる。
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「……本日までの医療費並びに、今後の医療費、手術費用」
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ほんの一拍。
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「すでに決済が完了しております」
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一瞬、意味が分からなかった。
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「……え?」
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声が漏れる。
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父も、顔を上げる。
母も、動きを止める。
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「こちらでの、今後のご負担はございません」
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淡々とした声。
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それ以上でも、それ以下でもない。
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私は、言葉を失う。
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「……どういう」
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最後まで言えない。
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受付は、画面を確認する。
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「代理でのお支払いが確認されています」
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それだけ。
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名前は出ない。
誰かも言わない。
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ただ、それが事実としてある。
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父が、ゆっくりと口を開く。
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「……間違いじゃ、ないんですか」
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「間違いございません」
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はっきりと。
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逃げ場のない言葉。
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私は、視線を落とす。
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頭の中で、全部が繋がる。
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紹介。
ドナー。
検査。
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そして。
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あの人。
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母が、小さく息を吐く。
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「……よかったね……よね?」
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少しだけ笑っている。
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私は、何も言えなかった。
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よかったはずなのに。
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胸の奥が、ざわつく。
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外に出る。
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空気が、少しだけ重い。
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ふと、視線が止まる。
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少し離れた場所に、人影。
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背の高い男。
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一瞬だけ、目が合う。
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すぐに逸らされる。
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何もなかったみたいに。
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それでも、分かる。
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これは、偶然じゃない。
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私は、その場に立ち止まる。
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――守れるもの。
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――守れないもの。
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そして。
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――もう、守られてしまっているもの。
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その全部が、
同時に、そこにあった。




