第26話 選んでいる側
夜。
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静かな部屋。
灯りは、ひとつだけ。
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机の上に、書類が並んでいる。
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整っている。
無駄がない。
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ひとつひとつに、意味がある。
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男は、それを見ている。
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世古。
名前は出ない。
ただ、そこにいる。
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視線は動かない。
迷いもない。
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それでも。
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何かを、選んでいる。
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指先が、紙の端に触れる。
一枚だけ、わずかに引き寄せる。
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そこにあるのは、名前。
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平泉。
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それ以上は、見えない。
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男は、しばらくそれを見ている。
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何も言わない。
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ただ、見ている。
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やがて、静かに息を吐く。
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ほとんど聞こえない音。
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それでも、少しだけ重い。
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スマートフォンが震える。
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画面を見る。
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短い通知。
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“問題なし”
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それだけ。
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男は、何も言わない。
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画面を閉じる。
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机に戻す。
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視線を、別の紙へ移す。
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数字が並んでいる。
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三千万。
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特別なものとしては、見ていない。
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ただの条件。
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ただの現実。
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男は、ペンを手に取る。
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短く、書く。
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迷いはない。
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それで終わる。
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立ち上がる。
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部屋を出る。
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足音は、ほとんどしない。
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静かに、ドアが閉まる。
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――外
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夜の空気。
少しだけ冷たい。
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背の高い男が立っている。
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山下。
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視線を向ける。
何も言わない。
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それでも、分かっている。
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「……終わりましたか」
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低い声。
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世古は、答えない。
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ほんのわずかに、頷く。
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それで、十分だった。
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山下は、視線を外す。
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「……あの子は」
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言いかけて、止める。
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続けない。
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聞かない。
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その代わり。
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「……分かってる」
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自分で、そう言う。
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世古は、何も言わない。
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それでも。
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その沈黙で、足りている。
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山下は、小さく息を吐く。
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「……変わらねぇな」
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ほんのわずかに、笑う。
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「選ぶときは、選ぶ」
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それだけ。
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世古は、視線を落とす。
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ほんの一瞬だけ。
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すぐに戻る。
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何も言わない。
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それでも。
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もう、決まっている。
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夜の中で、二人は動かない。
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それでも。
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何かは、確実に進んでいる。




