第25話 つながってしまう証拠
偶然ではない。
そう思ってしまったあとで、元に戻ることはできなかった。
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それでも。
確かめることは、していない。
したくないのか。
できないのか。
自分でも分からない。
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昼過ぎ。
母の通院に付き添う。
井上総合病院。
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静かで、整っている場所。
何度か来ているのに、まだ慣れない。
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受付で名前を伝える。
少しだけ待つ。
呼ばれる。
診察室の前。
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扉が、わずかに開いている。
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中から、声が漏れる。
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「――問題はありません」
井上の声。
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いつもと同じ、落ち着いた声。
それなのに。
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少しだけ、距離が近い。
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「……あとは、任せます」
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もう一つ、声が重なる。
低い声。
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聞いたことがある気がした。
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はっきりとは分からない。
それでも。
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どこかで、知っている。
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扉が閉まる。
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私は、その場に立ったまま動けなかった。
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今のは、誰だったのか。
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考えようとして、やめる。
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母が呼ばれる。
診察室に入る。
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井上は、いつも通りだった。
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何も変わらない。
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それでも。
さっきの空気が、わずかに残っている気がした。
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診察が終わる。
「術後、順調です」
井上が言う。
「このまま進めましょう」
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私は、小さく頷く。
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そのとき。
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ふと、机の端に目がいく。
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書類が置かれている。
名前は見えない。
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それでも。
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一部だけ、視界に入る。
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――世古
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ほんの一瞬。
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それだけ。
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見間違いかもしれない。
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そう思う。
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それでも、視線が動かない。
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「どうかしましたか」
井上の声で、我に返る。
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「……いえ」
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すぐに視線を戻す。
何もなかったみたいに。
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それでも。
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心臓の音が、少しだけ速い。
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診察室を出る。
廊下を歩く。
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母は、少しだけ安心した顔をしている。
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私は、何も言わない。
言えない。
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――見た。
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そう思う。
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気のせいかもしれない。
見間違いかもしれない。
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それでも。
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頭の中で、言葉が繋がる。
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紹介。
ドナー。
費用。
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ばらばらだったものが、
静かに重なる。
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私は、足を止める。
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息が、少しだけ浅くなる。
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――この人だ。
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そう思ってしまう。
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思ってしまったことが、怖い。
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夜。
レジに立つ。
いつも通りの場所。
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それでも。
何かが、決定的に違う。
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自動ドアが開く音がする。
顔を上げる。
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その人がいた。
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変わらないはずの姿。
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それなのに、
もう同じには見えない。
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「いらっしゃいませ」
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声が、少しだけ揺れる。
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「袋、いりません」
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同じ言葉。
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商品をスキャンする。
ピッ、という音が響く。
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私は、視線を落としたまま考える。
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――聞くか。
それとも、やめるか。
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分かっている。
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ここで聞けば、
全部、繋がる。
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それでも。
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私は、口を開く。
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「……あの」
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その人が、視線を上げる。
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ほんの一瞬。
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迷う。
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それでも。
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「……なんでもないです」
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言えなかった。
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言わなかった。
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その人は、何も言わない。
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それでも。
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分かっている気がした。
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私は、会計を終える。
「ありがとうございました」
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その人は、軽く頷く。
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自動ドアが開く。
背中が遠ざかる。
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私は、その場に立ったまま動けなかった。
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――つながっている。
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もう、疑えなかった。
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それでも。
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確かめることは、できなかった。




