第21話 守ろうとする人
家に帰ると、明かりがついていた。
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珍しいことだった。
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靴を脱ぐ音が、少しだけ響く。
リビングの扉を開ける。
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父が、そこにいた。
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テーブルの前に座っている。
何もしていない。
ただ、座っている。
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その姿が、少しだけ小さく見えた。
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「……おかえり」
遅れて、声がする。
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「ただいま」
それだけ返す。
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少しだけ、沈黙が続く。
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父は、視線を上げない。
テーブルの上に、紙が置かれている。
見覚えのある封筒。
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私は、何も言わない。
言わなくても分かる。
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「……手術、か」
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父は、それ以上言わなかった。
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私は、少しだけ頷く。
「……うん」
それ以上は言えない。
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父は、ゆっくりと息を吐く。
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ほんのわずかに、震えていた。
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気づかないふりをするには、分かりやすすぎるくらいに。
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「……金のことは」
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言葉が、途中で止まる。
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飲み込む。
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それでも。
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「……俺がなんとかする」
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絞り出すように言う。
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私は、何も言えなかった。
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なんとかなる金額じゃない。
三千万円。
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それに。
ドナーも、まだ見つかっていない。
家族は不適合。
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分かっている。
父も、分かっている。
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それでも。
そう言うしかない。
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“守る側”にいる人の言葉だった。
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「……いいよ」
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気づけば、そう言っていた。
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父が、顔を上げる。
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「無理しなくていい」
それだけ。
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それ以上は、続けられない。
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父は、何も言わない。
ただ、少しだけ視線を落とす。
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「……父親だからな」
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小さく、そう言う。
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その言葉に、何も返せない。
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守れていない。
分かっている。
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それでも。
守ろうとしている。
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その姿を、否定できなかった。
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私は、ゆっくりと息を吐く。
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責めることはできる。
責める理由もある。
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それでも。
責めてしまったら、
本当に何も残らない気がした。
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「……ありがとう」
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気づけば、そう言っていた。
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父が、少しだけ驚いた顔をする。
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それでも、何も言わない。
ただ、小さく頷く。
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その仕草が、やけに弱く見えた。
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それでも。
確かに、“そこにいる”。
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夜。
自分の部屋に戻る。
ベッドに座る。
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何も考えたくない。
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それでも。
頭の中に、言葉が浮かぶ。
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――なんとかする。
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その重さが、ゆっくりと広がる。
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重くて。
現実的で。
逃げ場がない言葉。
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そして。
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もう一つの言葉。
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――必要なことが、起きているだけです。
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思い出す。
あの人の声。
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同じ“解決”の話なのに。
まったく違う重さで、そこにある。
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一方は、
背負うことで守ろうとする言葉。
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もう一方は、
差し出すことで整えようとする言葉。
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私は、目を閉じる。
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そして。
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もう一つ。
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――この人なら。
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思ってしまう。
あの人のこと。
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思ってしまったことが、怖い。
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頼れば、変わる。
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でも。
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その代わりに、
戻らなくなるものがある気がする。
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私は、目を閉じる。
何も考えないようにする。
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それでも。
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どちらも、
消そうとするほど、はっきり残った。




