第18話 名前のない関係
関係には、名前があるものと、ないものがある。
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説明できるものと、
できないもの。
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私は、その違いを考えるようになっていた。
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夜。
レジに立つ。
いつも通りの場所。
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それでも。
今日は、少しだけ空気が違う気がした。
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自動ドアが開く音がする。
顔を上げる。
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あの男だった。
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谷河。
まだ、その名前を知らない。
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それでも。
もう、何度も見ている。
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レジの前に立つ。
「いらっしゃいませ」
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その男は、いつも通り、少しだけ柔らかく頷く。
商品を置く。
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私は、バーコードを読み取る。
ピッ、という音が響く。
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「……今日は静かですね」
不意に、その男が言う。
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私は、少しだけ考える。
「そうですね」
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短く答える。
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その男は、小さく笑う。
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やっぱり、うまい。
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何も違和感がない。
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それなのに。
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今日は、ほんの少しだけ違う。
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目の奥が、笑っていない。
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ほんの一瞬だけ。
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“どこか別の場所を見ている目”。
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すぐに戻る。
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私は、何も言わない。
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見てしまったことを、
なかったことにするみたいに。
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会計を終える。
「ありがとうございました」
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その男は、軽く頷く。
そのまま、店を出る。
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――行かない。
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また、そう思う。
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この人は、
“どこかに向かっている”のではなく、
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“何かを終えている”。
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そんな感じがした。
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数秒後。
自動ドアが開く。
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振り向く。
その人が入ってくる。
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あの人。
変わらない距離。
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それでも。
今日は、少しだけ違う。
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入口の方を、ほんの一瞬だけ見る。
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誰もいない。
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それでも。
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“確認した”。
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そんな目だった。
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レジの前に立つ。
「いらっしゃいませ」
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声をかける。
「袋、いりません」
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同じ言葉。
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商品をスキャンする。
ピッ、という音が響く。
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私は、少しだけ迷う。
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さっきの男のこと。
聞くべきか。
やめるべきか。
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分からない。
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それでも。
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「……さっきの人」
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気づけば、言っていた。
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その人が、視線を上げる。
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「今日は、少し違いました」
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自分でも、何を言っているのか分からない。
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それでも。
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言葉が止まらない。
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その人は、ほんの一瞬だけ考える。
ほんのわずかな間。
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そして。
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「そういう日もあります」
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静かな声だった。
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それだけ。
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それなのに。
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“知っている側の言い方”。
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説明しない。
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でも。
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輪郭だけは、分かっている。
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私は、言葉を失う。
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その人は、何も変えない。
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それでも。
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ほんのわずかに、空気が柔らかくなる。
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ほんの一瞬だけ。
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さっきの男に向けたものみたいに。
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すぐに戻る。
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何もなかったみたいに。
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私は、それを見てしまう。
気づいてしまう。
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――違う。
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この人は。
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誰にでも同じじゃない。
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距離を保っているようで。
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ちゃんと、
選んでいる。
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会計を終える。
「ありがとうございました」
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その人は、軽く頷く。
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自動ドアが開く。
背中が遠ざかる。
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私は、その場に立ったまま動けなかった。
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――名前がない。
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それでも。
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確かにある。
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説明できないのに、
成立しているもの。
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あの人と、あの男の間にあるもの。
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それは、
関係というより。
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同じものを見てきた者同士の、
静かな共有だった。




