第17話 うまく笑う人
同じ側にいる人。
そう思ってから、
あの人の周りを見るようになった。
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見ようとしなければ、見えないもの。
それでも。
一度気づいてしまうと、
少しずつ浮かび上がってくる。
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昼過ぎ。
店内は、静かだった。
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自動ドアが開く音がする。
顔を上げる。
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あの男だった。
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谷河。
まだ、その名前を知らない。
それでも。
もう、知らない人ではなかった。
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レジの前に立つ。
「いらっしゃいませ」
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その男は、いつもより少しだけ柔らかく頷く。
商品を置く。
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何気ない日用品。
それでも。
どこか、無駄がない。
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“選んでいる”というより、
“整えている”ように見える。
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私は、バーコードを読み取る。
ピッ、という音が響く。
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「……慣れてますね」
不意に言われる。
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私は、少しだけ顔を上げる。
「……何がですか」
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「仕事」
短く、それだけ。
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私は、少しだけ考える。
「まあ……」
曖昧に答える。
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その男は、小さく笑う。
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うまく笑う。
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そう思った。
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違和感がない。
自然で。
ちょうどいい距離で。
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それでも。
どこかだけ、作っている。
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表情の奥に、
ほんのわずかな遅れがある。
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「無理、してませんか」
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その言葉に、少しだけ驚く。
私は、すぐに答えられない。
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「……大丈夫です」
そう言うしかなかった。
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その男は、少しだけ視線を落とす。
「そうですか」
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それだけ。
それなのに。
その言葉は、軽くなかった。
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まるで。
“無理していることを知っている”みたいに。
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会計を終える。
「ありがとうございました」
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その男は、軽く頷く。
そのまま、店を出る。
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――残る。
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私は、そう思った。
空気だけが、
少しだけその場に残っている。
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数秒後。
自動ドアが開く。
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振り向く。
その人が入ってくる。
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あの人。
変わらない距離。
変わらない歩き方。
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それなのに。
さっき残った空気を、
何もなかったように整える。
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そんな入り方だった。
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レジの前に立つ。
「いらっしゃいませ」
声をかける。
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「袋、いりません」
同じ言葉。
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商品をスキャンする。
ピッ、という音が響く。
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綾は、少しだけ迷う。
さっきのこと。
言うべきか。
やめるべきか。
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分からない。
それでも。
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「……さっきの人」
気づけば、言っていた。
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その人が、視線を上げる。
「よく来るんですか」
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ほんの一瞬だけ、間がある。
「そうですね」
短い答え。
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それだけ。
それなのに。
“正確に答えていない”感じが残る。
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綾は、ほんの少しだけ踏み込む。
「……似てますよね」
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言ってから、自分でも驚く。
何に対してなのか、
うまく説明できない。
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それでも。
その人は、ほんのわずかに目を細める。
「そう見えますか」
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静かな声。
肯定でも、否定でもない。
ただ、受け取るだけ。
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綾は、少しだけ息を吐く。
言葉が、うまく続かない。
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それでも。
さっきの男の笑い方が、頭に残っている。
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うまく笑う人。
崩れない人。
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それなのに。
ほんの一瞬だけ。
“誰もいない場所を見ている”ような目。
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それが、消えない。
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会計を終える。
「ありがとうございました」
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その人は、軽く頷く。
自動ドアが開く。
背中が遠ざかる。
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綾は、その場に立ったまま動けなかった。
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――うまく笑う。
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そうするしかなかった人。
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そして。
それを、見抜いている人。
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その二人が、同じ側にいる。
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理由は分からない。
それでも。
あの人の周りには、
そういう人が集まっている。
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傷を見せないまま、
誰かの傷に気づいてしまう人たち。
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そんな気がした。




