第16話 同じ側の輪郭
あの人と同じ側にいる人がいる。
そう思ってから、
少しだけ周りの見え方が変わった。
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気のせいかもしれない。
それでも。
一度そう思ってしまうと、
元には戻らない。
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昼過ぎ。
店内は、少しだけ落ち着いていた。
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自動ドアが開く音がする。
顔を上げる。
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昨日の男だった。
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同じように、迷いのない歩き方。
それでも。
昨日よりも、少しだけ柔らかい。
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“構えていない”。
そんなふうに見えた。
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レジの前に立つ。
「いらっしゃいませ」
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その男は、ほんのわずかに頷く。
商品を置く。
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日用品。
どこにでもあるもの。
それなのに。
その人が持っていると、少しだけ違って見える。
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私は、何も言わずにスキャンする。
ピッ、という音が響く。
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「……昨日はありがとうございました」
不意に、その男が言う。
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私は、少しだけ顔を上げる。
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「道、分かりやすかったので」
それだけ。
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ただの会話。
それなのに。
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どこか、余計なものがない。
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「いえ」
短く返す。
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その男は、少しだけ視線を外す。
店内を、軽く見渡す。
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探しているわけではない。
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ただ。
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“確認している”。
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それでも、昨日ほどの緊張はなかった。
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「……ここ、長いんですか」
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私は、少しだけ迷う。
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「……まあ、それなりに」
曖昧に答える。
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その男は、小さく頷く。
「そうですか」
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それだけ。
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それ以上は聞かない。
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踏み込まない距離。
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それが、少しだけ楽に感じた。
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会計を終える。
「ありがとうございました」
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その男は、軽く頷く。
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そのまま、店を出る。
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――行かない。
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なぜか、そう思った。
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数秒後。
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自動ドアが、もう一度開く。
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振り向く。
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その人が入ってくる。
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あの人。
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変わらない距離。
変わらない歩き方。
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それなのに。
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さっきの男のあとだと、
“整い方の質”が違って見える。
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「いらっしゃいませ」
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その人は、ほんのわずかに視線を動かす。
入口の方へ。
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一瞬だけ。
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それだけで、分かる。
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さっきの男のことを、
“知っている”。
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レジの前に立つ。
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「袋、いりません」
同じ言葉。
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商品をスキャンする。
ピッ、という音が響く。
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綾は、少しだけ迷う。
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聞くべきか。
やめるべきか。
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分からない。
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それでも。
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「……さっきの人」
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言ってしまう。
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その人が、視線を上げる。
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「知り合いですか」
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ほんの一瞬の沈黙。
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「同じ職場の者です」
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短い答え。
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それだけ。
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それなのに。
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“隠されていない”と分かる。
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「……学校の方なんですね」
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気づけば、そう言っていた。
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その人は、ほんのわずかに頷く。
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否定しない。
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それだけで、十分だった。
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点だったものが、
静かに、線になる。
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――学校。
――副校長。
――あの男。
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綾は、少しだけ息を吐く。
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怖さは、ない。
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それでも。
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簡単に触れていいものではないと分かる。
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その人は、何も変えない。
いつも通りの表情。
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それでも。
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少しだけ、近くにいる感じがした。
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会計を終える。
「ありがとうございました」
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その人は、軽く頷く。
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自動ドアが開く。
背中が遠ざかる。
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綾は、その場に立ったまま動けなかった。
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――同じ側。
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そう思う。
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あの人と。
あの男と。
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同じ場所にいる人たち。
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まだ何も知らない。
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それでも。
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完全に遠いわけでもない。
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その距離が、静かに残る。
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……少しだけなら、近づいてもいいのかもしれない。




