第15話 離れられない距離
分かったはずだった。
あの人が、何をしている人なのか。
どうして、整っているのか。
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それでも。
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分かったあとで、
距離が分からなくなった。
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近づいていいのか。
離れた方がいいのか。
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その判断が、うまくできない。
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夜。
レジに立つ。
いつも通りの場所。
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それでも。
今日は、少しだけ違う。
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――来ないかもしれない。
ふと、そう思う。
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来ない方がいい。
そう思う自分もいる。
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それなのに。
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ほんの少しだけ、待っている。
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自動ドアが開く音がする。
顔を上げる。
違う。
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それを、何度か繰り返す。
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ため息が、少しだけ深くなる。
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「すみません」
不意に声をかけられる。
振り向く。
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見覚えのない男だった。
落ち着いた服装。
無駄のない立ち方。
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どこか、似ている。
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「この辺りで、学校って分かりますか」
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私は、少しだけ間を置く。
「……あの、小中一貫のところですか」
「そうです」
短く頷く。
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「このまま真っ直ぐ行って、二つ目の信号を右です」
そう答える。
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「ありがとうございます」
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その男は、軽く頭を下げる。
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去り際に、ほんの一瞬だけ視線が残る。
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確かめるような。
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選ばれるかどうかを見るような。
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それでも、何も言わずに店を出ていく。
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綾は、その背中を見送る。
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――似ている。
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理由は分からない。
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それでも。
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あの人と、同じ“側”にいる。
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そんな気がした。
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レジに戻る。
少しだけ、落ち着かない。
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時間が過ぎる。
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自動ドアが開く音がする。
顔を上げる。
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その人がいた。
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変わらないはずの姿。
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それなのに。
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今日は、少しだけ距離を感じる。
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「いらっしゃいませ」
声をかける。
「袋、いりません」
同じ言葉。
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商品をスキャンする。
ピッ、という音が響く。
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綾は、視線を落としたまま考える。
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――離れた方がいい。
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そう思う。
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分かっている。
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それでも。
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「……さっき」
気づけば、言葉が出ていた。
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その人が、視線を上げる。
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「学校、探してる人がいました」
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それだけ。
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それ以上は言わないつもりだった。
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その人は、ほんの一瞬だけ目を細める。
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「そうですか」
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それだけ。
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何も聞かない。
何も確かめない。
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それでも。
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もう、伝わっている気がした。
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綾は、それ以上言わない。
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会計を終える。
「ありがとうございました」
その人は、軽く頷く。
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自動ドアが開く。
背中が遠ざかる。
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綾は、その場に立ったまま動けなかった。
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――離れた方がいい。
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もう一度、そう思う。
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それでも。
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さっきの男の視線が、頭に残っている。
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あの人と、同じ側にいる人。
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少しずつ、増えている。
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自分の知らないところで。
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私は、ゆっくりと息を吐く。
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離れるつもりだった。
距離を取るはずだった。
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それなのに。
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気づけば、関わっている。
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選んだわけじゃないのに。
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少しずつ。
確実に。
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引き込まれている。
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理由は分からない。
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それでも。
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もう、戻る前の場所が思い出せなかった。




