第Ⅶ章「綾の父の借金を崩す、あの夜を思い出す」
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現在。
法律事務所。
書類が並ぶ。
契約書。
借用書。
利息計算。
判例。
清水は、静かにページをめくる。
(……雑だな)
違和感。
数字が合わない。
利率がおかしい。
説明の痕跡がない。
典型的な過剰請求。
でも。
“ギリギリ表面だけ整ってる”。
だから、一般人では気づけない。
綾の父。
まじめで。
働き者で。
でも、法律に詳しくない。
(……こういうのが一番、厄介なんだよ)
悪意はある。
でも、形式は守ってる。
だから。
“潰せるかどうかは、こちらの力量”。
清水は、ペンを置く。
(……任せろ)
そのとき。
ふと、よぎる。
あの夜。
吊るされていた自分。
何もできなかった自分。
(……あのとき)
(……俺は、完全に無力だった)
でも。
今は違う。
机の上にあるのは。
“届く場所”。
法律が、ちゃんと届く場所。
(……ここで届かせなかったら)
(……あのときと同じだ)
清水の目が、変わる。
「……崩す」
静かに言う。
交渉。
相手は、舐めている。
「いやあ、契約ですからねえ」
笑っている。
清水は、資料を一枚ずつ並べる。
「……説明義務、履行されていませんね」
「は?」
「……この利率、判例的に無効です」
「いやいや、同意してますよ?」
「……無効です」
一歩も引かない。
声は穏やか。
でも。
逃がさない。
相手の顔色が、変わる。
清水は続ける。
「……これ、全部出します?」
一拍。
「……裁判で」
沈黙。
崩れる。
相手が、折れる。
「……分かりました」
減額。
和解。
事実上、勝ち。
帰り道。
清水は、少しだけ空を見る。
(……届いたな)
あの夜、届かなかったもの。
今、届いた。
完全じゃない。
全部救えたわけじゃない。
でも。
“届くべき場所では、届かせた”。
それでいい。
スマホを取り出す。
少し迷って。
短く送る。
「……終わった」
すぐに返事は来ない。
でも、いい。
(あいつなら分かる)
しばらくして。
返信。
「……そっか」
それだけ。
でも。
それで十分だった。




