第13話 同じ側
その人のことを考える時間が、少しずつ増えている。
考えても、分からない。
それでも。
分からないままでは、いられなくなっている。
⸻
夜。
レジに立つ。
いつも通りの場所。
⸻
それでも。
どこかだけ、少しずつ変わっている。
⸻
自動ドアが開く音がする。
顔を上げる。
違う。
⸻
それを、何度か繰り返す。
⸻
――待っている。
⸻
その自覚が、はっきりしていた。
⸻
そのとき。
⸻
ドアが、少し強く開く。
⸻
空気が、わずかに揺れる。
⸻
入ってきたのは、ひとりの男だった。
⸻
背が高い。
大きい、というより。
⸻
“そこにいるだけで、場所が変わる”ような存在感。
⸻
歩き方に、迷いがない。
まっすぐ、レジに向かってくる。
⸻
綾は、反射的に背筋を伸ばした。
「いらっしゃいませ」
声が、少しだけ固くなる。
⸻
男は、何も言わない。
商品を無造作に置く。
⸻
視線が合う。
⸻
逸らせなかった。
⸻
測られている。
そんな感覚。
⸻
それでも。
⸻
次の瞬間、視線がわずかに緩む。
「……悪い」
低い声だった。
⸻
それだけ。
⸻
それだけなのに。
⸻
空気が、少しだけ戻る。
⸻
綾は何も言わず、商品をスキャンする。
ピッ、という音が響く。
⸻
そのとき。
⸻
自動ドアが、静かに開く。
⸻
振り返らなくても分かった。
⸻
――来た。
⸻
空気が、変わる。
⸻
張り詰めていたものが、わずかに整う。
⸻
顔を上げる。
⸻
その人と、さっきの男の視線が交わる。
⸻
ほんの一瞬。
⸻
言葉はない。
⸻
それでも。
⸻
“確認”が終わったように見えた。
⸻
男が、わずかに顎を引く。
⸻
礼のようにも見えたし。
⸻
了承のようにも見えた。
⸻
その人は、何も変えない。
⸻
いつも通りの表情。
⸻
それでも。
⸻
空気が、揃う。
⸻
綾は、そのまま会計を続ける。
何も言わない。
何も聞かない。
⸻
それでも。
⸻
分かってしまう。
⸻
――同じ側だ。
⸻
理由は分からない。
関係も分からない。
⸻
それでも。
⸻
あの人と、この男は、同じ“どこか”にいる。
⸻
会計が終わる。
「ありがとうございました」
⸻
男は、小さく頷く。
⸻
去り際に、ほんの一瞬だけ言う。
「……なるほどな」
⸻
誰に向けた言葉かは、分からない。
⸻
そのまま店を出る。
⸻
綾は、その背中を見ている。
⸻
しばらくして。
⸻
その人が、レジの前に立つ。
⸻
「いらっしゃいませ」
声は、少しだけ静かだった。
「袋、いりません」
⸻
商品をスキャンする。
ピッ、という音が響く。
⸻
綾は、少しだけ迷う。
⸻
聞くべきか。
やめるべきか。
⸻
分からない。
⸻
それでも。
⸻
「……今の人」
⸻
言ってしまう。
⸻
その人が、視線を上げる。
⸻
「知り合いですか」
⸻
ほんの一瞬の沈黙。
⸻
「……そう思いましたか?」
⸻
短い答え。
それだけ。
⸻
それなのに。
⸻
それ以上、聞けなくなる。
⸻
会計を終える。
「ありがとうございました」
⸻
その人は、軽く頷く。
⸻
自動ドアが開く。
背中が遠ざかる。
⸻
綾は、その場に立ったまま動けなかった。
⸻
――触れてはいけない。
⸻
そう思う。
⸻
理由は分からない。
⸻
でも。
⸻
さっきまでとは、少し違う。
⸻
“触れられない場所がある”と、知ってしまったから。




