第12話 残っているもの
その人のことを、考えている時間が増えた。
考えたところで、分かることは増えない。
それでも。
考えてしまう。
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理由は、はっきりしている。
少しだけ、踏み込んだから。
もう、戻れる距離ではない。
それだけのこと。
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それでも。
前よりも、見えるものが増えた気がする。
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夜。
レジに立つ。
いつも通りの場所。
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自動ドアが開く音がする。
顔を上げる。
その人がいた。
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変わらないはずの姿。
それでも。
前よりも、少しだけ近く感じる。
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「いらっしゃいませ」
声をかける。
「袋、いりません」
同じ言葉。
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商品をスキャンする。
ピッ、という音が響く。
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ふと、視線が落ちる。
手元。
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その人の手に、目が止まる。
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細かい傷。
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新しいものではない。
古くて、薄くなっている。
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それでも。
消えていない。
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いくつも。
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重なっている。
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私は、すぐに視線を戻す。
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見てはいけない気がした。
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それでも。
一度見てしまったものは、消えない。
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「……あの」
気づけば、また声が出ていた。
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その人が、視線を上げる。
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私は、少しだけ迷う。
何を聞くのか。
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分かっているのに。
分からないふりをしている。
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「……昔って」
そこまで言って、言葉が止まる。
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聞いていいことなのか、分からない。
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その人は、何も言わない。
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それでも。
ほんの少しだけ、待っている気がした。
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私は、息を整える。
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「……何してたんですか」
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曖昧な聞き方だった。
それでも。
聞いてしまった。
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その人は、ほんの一瞬だけ視線を落とす。
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考えているようには見えない。
思い出しているようにも見えない。
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ただ。
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少しだけ、時間が止まる。
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「特に、何も」
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静かな声だった。
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嘘ではない気がした。
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でも。
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本当でもない気がした。
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私は、それ以上聞けなかった。
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聞いてしまったら。
戻れなくなる気がした。
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会計を終える。
「ありがとうございました」
その人は、軽く頷く。
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自動ドアが開く。
背中が遠ざかる。
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そのとき。
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ほんの一瞬だけ。
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外の光の中で、影が重なる。
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誰かと並んでいるように見えた。
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気のせいかもしれない。
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それでも。
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ひとりではない気がした。
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私は、その場に立ったまま動けなかった。
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――残っている。
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何が、とは言えない。
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それでも。
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確かに、何かが残っている。
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世古。
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残っているのは、あちらだけではない。
こちらにも、同じように。
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触れられなかったもの。
触れなかったもの。
選ばなかったもの。
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積み重なったままの時間は、消えない。
消えないまま、形だけを変える。
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あの人は、見せなかった。
ほんの一部だけ。
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それでも。
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十分だった。
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……どこまで、関わるべきなんだろう。




