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ー【第3節】師匠はマリモ・翠玉の古龍から教わる古代錬金術とアルスの才能

第3節 師匠はマリモ・翠玉の古龍から教わる古代錬金術とアルスの才能


その日から、奇妙な師弟関係が始まった。


場所は変わらず、悪臭漂うドブ川のほとり。だが、アルスにとってそこは世界の真理を学ぶ神聖な教室へと変わった。


『よいかアルス。物質はただそこにあるのではない。万物は流転し、形を変える。錬金術とは、その流れに指をかけ、少しだけ方向を変えてやる技術だ』


マリモ師匠の教えは、現代の錬金術師が使うような複雑な数式や魔方陣とは無縁だった。もっと感覚的で、根源的な「対話」に近い。


「石ころに、お願いするの?」

『違う。石ころの「なりたい形」を聞き、そこに魔力を流し込むのだ。ほれ、やってみろ』


アルスは泥だらけの手で小石を握りしめる。目を閉じ、師匠の教え通りに意識を集中させる。最初は何も聞こえなかったが、次第に小石の中から微かな振動のようなものが伝わってきた。「硬くなりたい」「鋭くなりたい」という、物質の原始的な意思。


「……わかった、気がする」


アルスが魔力を込めるイメージを持つと、掌の中でパキンと音がした。手を開くと、ただの丸い石ころが、ナイフのように鋭利な黒曜石へと変質していた。


『……ほう』


マリモ師匠の金色の瞳が驚愕に見開かれる。


『一発で成功させたか。しかも、構成密度が異常に高い。……小僧、貴様、魔力回路がどうなっている?』


アルスの才能は、古龍の想像を遥かに超えていた。文字の読み書きすら怪しい四歳児が、構造理解と魔力操作においては天才的な勘を発揮したのだ。


『次は水の浄化だ。このドブ川の水を掬い、毒素だけを分離してみせろ』

「うん、やってみる!」


アルスは楽しかった。知らなかったことを知る喜び。できなかったことができるようになる高揚感。そして何より、自分を「臭い」と罵らず、真剣に向き合ってくれる師匠がいることが嬉しかった。


毎日、日の出と共に樹海へ走り、日が沈むまで修行に明け暮れる。アルスの手は傷だらけになり、服はさらに汚れたが、その瞳にはかつてない光が宿っていた。


古代の薬草学、物質変換の基礎、そして失われた古代魔術の片鱗。マリモ師匠は、最初は暇つぶし程度のつもりだったが、スポンジのように知識を吸収するアルスに熱を入れ始めた。


『そこだ! 魔力の波長を合わせろ! 強引にねじ伏せるな、寄り添うのだ!』

「こう!? できた!」


アルスの指先から淡い光が放たれ、掬い上げたヘドロ水が一瞬にして透き通った清水へと変わる。


『……信じられん。それは上位の精霊使いでも数年はかかる技だぞ』

「えへへ、師匠の教え方が上手いからだよ」


無邪気に笑うアルスを見て、マリモ師匠は苦笑いとも満足ともつかない溜息をつく。数千年生きた古龍をして「規格外」と言わしめる才能が、この最下層のドブ川で開花しようとしていた。


季節が巡り、アルスの四歳の誕生日が訪れた。

その日、マリモ師匠はいつになく真剣な表情(毛玉だが雰囲気でわかる)でアルスに向き合った。


『アルスよ。貴様はよく学んだ。これは我からの褒美だ』


マリモ師匠の金色の瞳が眩く輝き、アルスの額に熱い何かが刻み込まれる感覚があった。


「師匠、これ……?」

『【バベルのバベル・キー】だ。かつて人類が言葉を分かつ前に持っていた、世界共通の意思を取り戻す鍵。……これがあれば、貴様は人の言葉はもちろん、魔物の唸り声も、古代の石碑も、風の音すらも意味ある言葉として聞くことができる』


アルスが耳をすますと、今までただのノイズだと思っていたドブ川の流れる音が、微かに「重い」「流れたい」という意思を持っているように感じられた。


「すごい……! ありがとう、師匠!」

『フン、礼には及ばん。貴様の才能を無駄にしないための道具に過ぎん』


そう言ってそっぽを向くマリモ師匠だったが、その毛並みは少し照れくさそうに揺れていた。

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