ー【第2節】千眼の龍の顕現と、戦意喪失した騎士たちの賢者タイム
第2節 千眼の龍の顕現と、戦意喪失した騎士たちの賢者タイム
「な、なんだ!?」
「日食か!?」
騎士たちが空を見上げる。そこには太陽を覆い隠すほどの巨大な影があった。
雲を切り裂き、ゆっくりと降りてくるのは、神話に語られる翠玉の鱗を持つ巨竜。そしてその体表には、無数の「眼」がギョロリと開いていた。
『……騒々しいな、人間どもよ』
脳内に直接響く重厚な声。
翠玉の古龍グラン・ヴェルデ――マリモ師匠の真の姿である。
「ひ、ひいいっ!?」
「バケモノだ!!」
「撃て! 撃ち落とせ!」
ヴォルターが絶叫する。騎士たちは震える手で弓や魔法を構えた。
だが、グラン・ヴェルデは攻撃すらしなかった。ただ、その千の眼を一斉に輝かせただけだ。
『貴様らの心……負の感情、すべて我の糧としよう』
カッ!
眼から放たれた不可視の波動が、10万の軍勢を包み込む。
それは物理的な攻撃ではない。精神に直接干渉する、古龍の権能。
「恐怖」「憎悪」「戦意」「殺意」。戦場に渦巻くあらゆる負の感情が、掃除機で吸い取られるようにグラン・ヴェルデへと吸収されていく。
「う、うわああぁぁ……あれ?」
「……俺、なんで剣なんか抜いてるんだ?」
「……お家帰りたい」
数秒後。
そこには、武器を取り落とし、呆然と立ち尽くす10万人の男たちがいた。
彼らの顔からは険しい表情が消え失せ、まるで憑き物が落ちたような、あるいは日曜日の昼下がりのような、穏やかで虚無的な表情が浮かんでいた。
いわゆる「賢者タイム」である。
「な、なんだこれは!? 貴様ら、戦え! 剣を取れ!」
ヴォルターだけが必死に叫んでいるが、誰も反応しない。
「いやぁ、元帥閣下。なんかもう、どうでもよくなりまして……」
「空が綺麗ですねぇ……」
「今日の晩御飯、何かなぁ……」
副官までもが遠い目をしている。戦意喪失どころか、人生の悟りを開いてしまったかのようだ。
そこへ、地下への扉が開き、アルスたちが姿を現した。
「やあ、みなさん。遠くからご苦労様です」
アルスはニコニコと手を振った。
「お腹、空きましたよね? せっかくだから、ご飯食べていきませんか?」
彼の背後からは、エプロン姿の主婦たちや、屋台を引いたドワーフたちが続々と出てくる。漂ってくるのは、焼き肉の香ばしい匂いと、エールの芳醇な香り。
「え、いいんすか?」
「ちょうど小腹が空いてたんで……」
騎士たちはふらふらと匂いに釣られていく。
「ま、待て! 罠だ! 毒が入っているぞ!」
ヴォルターの制止も虚しく、一人の騎士が串焼きにかぶりついた。
「う、美味い!!」
「なんだこの肉汁は! 王都の高級店より美味いぞ!」
「酒だ! 酒を持ってこい!」
その一言が合図だった。
10万の軍勢は、瞬く間に10万の宴会客へと変貌した。




