【第5章】【第1節】傲慢な王都の焦りと、無慈悲な侵攻命令
第5章 宴会で終わる侵略戦争
第1節 傲慢な王都の焦りと、無慈悲な侵攻命令
聖輝王国ルミナリアの王都、ホワイト・セレスティア。雲の上に聳える白亜の宮殿は、かつての栄華を失い、重苦しい空気に包まれていた。
「ええい、まだ物資は届かぬのか!」
「申し訳ございません、皇后陛下。アッシュバーデン側が、さらなる価格引き上げを要求しておりまして……」
玉座の間でヒステリックに叫ぶのは、植物状態の国王に代わって実権を握る皇后リリアナだ。彼女の周りには、宰相セレスティア・オーブや大元帥ヴォルター・フォン・ローエングリンといった重鎮たちが集まっているが、誰の顔にも焦燥の色が濃い。
かつて「掃き溜め」と見下していた最下層アッシュバーデンは、今や王国の経済を支配する心臓部となっていた。食糧、資源、エネルギー。すべてを握られ、王都の貴族たちは贅沢な暮らしを維持することすら困難になりつつあったのだ。
「おのれ、ドブネズミ風情が生意気な……!」
大元帥ヴォルターが、テーブルを拳で叩き割った。
「我ら高貴なる者が、あのような汚らわしい連中に頭を下げるなどあってはならん! これは反逆だ!」
「その通りですわ、ヴォルター」
皇后リリアナが冷酷な瞳で頷いた。
「彼らは勘違いをしているようです。資源も土地も、すべては王家のもの。……力ずくで奪い返しなさい」
「はっ! 近衛騎士団全軍、10万の兵を動員し、アッシュバーデンを灰にしてでも資源を確保いたします!」
それは、国境警備すら手薄にするほどの狂気の沙汰だった。しかし、プライドと欲望に凝り固まった彼らには、もはや正常な判断などできなかった。名目は「反乱分子の鎮圧」だが、実態はただの略奪。最下層民の命など、虫けらほどにも思っていないのだ。
一方、その動きは即座にアルスの耳に入っていた。
「……やっぱり、来たか」
アッシュバーデンの対策本部。アルスは送られてきた『機巧フクロウ』の伝令を読み上げ、溜息をついた。
傍らには、自警団長シークフリートやガンドル親方が控えている。
「10万だと? 本気でここを潰す気か」
シークフリートが顔をしかめる。自警団は精強だが、数は数千。正面からぶつかれば勝ち目はない。
「大丈夫だよ。正面から戦うつもりなんてないから」
アルスはニヤリと笑った。
「みんな、避難準備はできてる?」
「おうよ! ドワーフの仕事の早さを舐めるなよ!」
ガンドル親方が胸を張る。
「『白聖樹』の根っこを利用した地下都市、準備万端だぜ。住民全員、いつでも移動できる」
「よし。じゃあ始めようか。……王都の連中に、本当の『格の違い』を教えてあげるんだ」
アルスの号令と共に、アッシュバーデン全市民の避難が始まった。彼らはパニックになることもなく、整然と地下への隠し通路へと消えていく。地上に残されたのは、機能だけが生きている空っぽの楽園。
数日後。地響きと共に、10万の近衛騎士団がアッシュバーデンの入り口に姿を現した。
先頭に立つ大元帥ヴォルターは、静まり返った街を見て鼻を鳴らした。
「フン、逃げ出したか臆病者どもめ。……構わん、街を焼き払え! 隠れているネズミ共をあぶり出せ!」
号令一下。騎士たちが松明を投げ込もうとした、その瞬間だった。
空が、急激に陰った。




