ー【第3節】国王の病と美しき毒薬、絶望したアルスの決断
第3節 国王の病と美しき毒薬、絶望したアルスの決断
「国王陛下が倒れられた!」
早馬が前線に届いたのは、それから数日後のことだった。
原因不明の重病により、国王ルシウスが昏睡状態に陥ったという。王都はパニックになり、国中の名医や錬金術師が招集された。近衛騎士団専属であるアルスにも、緊急帰還命令が下った。
王宮の豪華な寝室。
天蓋付きのベッドに横たわる国王は、顔色が土気色になり、苦しげな呼吸を繰り返していた。周囲には摂政である皇后リリアナ、宰相セレスティア・オーブ、そして筆頭錬金術師クラウス・ヴァン・アイゼンが集まっていた。
「……アルス・ロウェル、到着しました」
アルスが跪くと、皇后リリアナは冷ややかな視線を向けた。
「遅いですね。……まあいいでしょう。陛下を救う手立てがあるなら示しなさい」
アルスは許可を得て、国王の枕元に立った。
「解析」
『バベルの鍵』が国王の体内情報を読み取る。
(……これは、遅効性の毒? それに、魔力回路の逆流が起きている)
原因は複合的だった。何者かによる毒の投与と、過労による魔力不全。
アルスはその場で調合を開始した。持参した野草と、王宮の庭にあった薬草、そして自身の魔力を触媒にして、解毒と修復を同時に行う特効薬を生成する。
「できました。これを飲ませれば、すぐに回復します」
アルスが差し出したのは、泥水のように濁った深緑色の液体だった。
見た目は最悪だが、効果は絶大だ。成分構造は完璧に計算されている。
しかし、それを見た皇后は顔をしかめた。
「なんですの、その汚らしい液体は! 陛下にドブ水を飲ませるつもり!?」
「いえ、これは高密度の薬草エキスで……」
「黙りなさい! クラウス、お前の薬を見せてやりなさい!」
筆頭錬金術師クラウスが進み出る。彼の手には、クリスタルの小瓶に入った、ルビーのように赤く輝く液体があった。
「陛下、これこそが私が丹精込めて作り上げた最高傑作、『天使の美薬』でございます。希少な宝石と聖水を使い、見た目にも美しく、万病を癒やす奇跡の霊薬……」
クラウスは自信満々に語った。確かに見た目は美しい。だが、アルスの『解析眼』には、その液体が猛毒であることが見えていた。
宝石の成分が強すぎて、弱った国王の体には劇薬となる。さらに、聖水との相性が悪く、魔力回路を焼き切ってしまう恐れがあった。
「だめです! それは毒です! 飲ませたら陛下が死んでしまいます!」
アルスは叫んだ。
「無礼者!」
宰相セレスティアがアルスを怒鳴りつける。
「筆頭錬金術師の薬を毒呼ばわりとは! 貴様のような卑しい身分の者が、嫉妬で口を挟むなど言語道断!」
「嫉妬じゃありません! 本当に危険なんです!」
「衛兵! この子供をつまみ出せ!」
衛兵たちに取り押さえられるアルス。
その目の前で、クラウスは得意げに『天使の美薬』を国王の口に運んだ。
「お飲みください、陛下」
ゴクリ。
国王の喉が動く。
数秒後、国王の顔色が一瞬だけ赤みを帯びた。
「おお、さすがクラウス!」
「顔色が戻ったわ!」
皇后たちが喜んだのも束の間。
国王は突然ビクリと痙攣し、白目を剥いて泡を吹き始めた。
「へ、陛下!?」
「な、何が!?」
国王の魔力回路が暴走し、そして――完全に沈黙した。
呼吸は辛うじて続いているが、意識は戻らない。植物状態に陥ってしまったのだ。
「あ、ありえない……私の最高傑作が……」
クラウスは小瓶を取り落とし、ガタガタと震え出した。
「どういうことなのクラウス! 陛下が!」
「わ、わかりません! まさか、先ほどのドブネズミが何か呪いを……!?」
クラウスは責任逃れのためにアルスを指差した。
「そうだ、あいつだ! あいつが不吉なことを言ったからだ!」
「なっ……!」
アルスは言葉を失った。自分は警告したのに。正しい薬を作ったのに。
彼らは認めない。自分たちの過ちも、アルスの正しさも。
ただ「見た目が美しいから」「権威があるから」という理由だけで、最悪の選択をし、その責任を最下層の子供に押し付けようとしている。
(……ああ、もういいや)
アルスの中で、何かがプツリと切れた音がした。
この国は、もう手遅れだ。腐りきっている。
自分がどれだけ尽くしても、彼らは変わらない。
「……僕のせいにするなら、それでいいです」
アルスは静かに立ち上がった。衛兵の手を振り払い、冷ややかな瞳で王族たちを見据える。
「でも、僕はもう二度と、あなたたちのために錬金術は使いません」
「な、何を生意気な!」
「待ちなさい! 逃げる気か!」
アルスは背を向け、大広間の扉へと歩き出した。
リュックの中で、マリモ師匠が低く唸る。
『……行くか、アルス』
「うん、帰ろう。師匠」
アルスは振り返ることなく、王宮を後にした。
宮廷錬金術師の証であるバッジを、床に投げ捨てて。
目指すは故郷、アッシュバーデン。
そこには汚水と悪臭が待っているかもしれない。でも、この煌びやかで腐臭のする王宮よりは、よっぽどマシだ。
少年は決意した。
あの掃き溜めを、自分たちの手で最高の楽園に変えてやると。
そして、自分を追放したこの愚かな国を、後悔させてやると。
ドブ川の神童の、本当の伝説はここから始まる。




