ー【第2節】傲慢な騎士団長ヴォルフの暴言と根深い差別
第2節 傲慢な騎士団長ヴォルフの暴言と根深い差別
連戦連勝に沸く近衛騎士団の陣営。
しかし、その中心にいるべきアルスは、祝勝会の輪から外れたテントの隅で、一人静かに夕食の硬いパンを齧っていた。
「……おいしい?」
『フン、まずいな。もっと美味いものを寄越せ』
リュックから顔を出したマリモ師匠が文句を言う。アルスは苦笑しながら、自分の分を少しちぎって差し出した。
テントの外からは、騎士たちの笑い声と、団長ヴォルフの大声が聞こえてくる。
「ガハハ! 見たか帝国軍のあわてぶりを! 我が采配の前に敵なしだ!」
「さすが団長! あの包囲網を突破するとは!」
ヴォルフは上機嫌で酒を煽っていた。彼は金髪碧眼の典型的な貴族騎士で、剣の腕は立つが、それ以上にプライドが高く、他者を見下す傾向があった。
今回の勝利も、すべて自分の指揮能力によるものだと信じて疑わない。アルスの錬金術など、ただの便利な道具程度にしか思っていなかった。
翌日の軍議。
各師団長が集まる中、ヴォルフは地図をバンと叩いた。
「どうした貴様ら、顔色が悪いぞ? 我が近衛騎士団のように戦果を挙げられんのか?」
「……ヴォルフ殿、我々は補給が続かないのです。ポーションも矢も足りない」
「言い訳など聞きたくない! 根性が足りんのだ、根性が!」
ヴォルフは他の指揮官たちを罵倒した。彼らがアルスの支援を受けられていないことを知っていながら、それを自分の手柄として誇示する。
「あの、団長」
アルスが控えめに声をかけた。
「他の部隊にも、僕のポーションを回しましょうか? 材料なら現地調達できますし……」
「黙れ、ドブネズミ!」
ヴォルフの怒号が飛んだ。
「貴様は近衛専属だ! 余計な真似をするな! それに、貴様の作る薬など、所詮は泥水と雑草だろうが。そんな不衛生なものを、誇り高き騎士に使わせる気か!」
「でも、効果は……」
「口答えするな! 貴様はただ、黙って俺の命令に従っていればいいんだ! 最下層民風情が、戦術に口を出すなど百年早い!」
アルスは唇を噛み締めた。
どれだけ成果を出しても、どれだけ仲間を助けても、この男の中では「ドブ川出身」というレッテルが全てなのだ。ルミナリアという国に深く根付いた、階級と出自による差別。それは戦場という極限状態においてさえ、変わることはなかった。
「……わかりました」
アルスは引き下がった。言い返せば、また「不敬罪」だの何だのと難癖をつけられるだけだ。
テントに戻ったアルスは、膝を抱えて座り込んだ。
『アルスよ』
マリモ師匠が心配そうに声をかける。
『あのような愚か者のために、貴様が傷つくことはない。……いっそ、この国ごと滅ぼしてやろうか?』
「だめだよ、師匠」
アルスは首を振った。
「でも……もう、疲れたな」
戦場で命を救っても、感謝されるどころか蔑まれる。そんな日々に、アルスの心は確実に摩耗していた。
そして、決定的な事件が起きる。




