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黄李は智弘との待ち合わせのショッピングビルの正面玄関前に来ていた。休日の街中は人の群れが行き交う。それに今はクリスマスシーズンだ。三十代くらいの、丁度幼い子供でもいそうな男性がクリスマスギフトの袋を提げているのが目に入った。

「お待たせ」

 智弘は、黒いシャツと黒いパンツで現れた。モデルのような均整の取れた身体つきをしているので、隣を歩く黄李はどこか面映ゆい。

「黄李、映画でいい?」

 智弘の目は常に幼げだ。ひびが入ってどこかの成長が止まってしまったみたいな頼りなさが智弘の纏う空気にはある。

「うん。『ソルジャーズ』でしょ」

 智弘とは高校に入ってから知り合った。図書室で勉強をしている昼休みに、横に座っていた智弘が教科書とノートをバラバラと落として、ついでに筆箱もひっくり返したので手伝って机の上に戻してあげた。

 それから何を学習したのか、もしくはしてないのか、智弘は三日間連続同じ頃、同じ机で、同じように黄李の隣で、何度も教科書類をばらばらと落として、黄李に拾うのを手伝ってもらった。

「ありがとう」

 と礼を言う、前髪の隙間から覗くガラスのような黒目がじっと黄李を捕らえた。

「どういたしまして」

 机に向き直る黄李の肩口を智弘は引っ張ってきた。

「メール教えて」

 こうして、二人の関係は始まった。

 Mサイズのポップコーンを間に挟んで、二人は映画館で映画を見た。スクリーンに投射された光が、二人の目に娯楽の刺激を与える。そういう時の二人は、アメリカのティーンエイジャーみたいな自由で子供っぽい雰囲気を漂わせている。

 実際、二人はこうして学校の外で二人だけで会うのが一番愉しい時間だった。

「幸せ」と「楽しさ」と「快楽」の区別を知らない二人だった。

 二人で映画に行った。水族館に行った。プラネタリウムにも行った。電車に乗って時間が取れるたびに遊びにいった。仲の良い姉弟のように見えた二人だが、男女の心地よい意識は常に二人の間にあった。それは常にぴりぴりと二人の身体の内から緩い悦楽にも似た刺激を発していて、二人はそれが居心地よくて、互いに好いていた。互いが互いに愛情と快楽を感じているのを知っていた。

 並んで座っている時、智弘は良く、黄李のこめかみに自分の頭を預けるように傾かせた。黄李はそうされると、心がどぎまぎして嬉しかった。黄李はいつか自分から智弘の身体に触りたかった。

 黄李が聞く、智弘の家族の話は、大体、

「兄ちゃんに殴られた」

「また殴られた」

 そんな一言だった。

 へその上に大きな紫の痣ができているのを見たことがある。黄李は、それをハンバーガーショップでちらりと見せられた時、

「触っていい?」

 と、聞いた。智弘は、

「いいよ」

 と答えた。

 向かい合わせで座っていた黄李は、ソファ席の智弘の横に腰かけて、智弘の痣を、その死にかけた皮膚の感触を指先で味わった。

「ふふっ」

 と、智弘は笑った。

「どうしたの?」

 黄李も笑いながら聞いた。

「くすぐったくて」

「もうしまっていいよ。シャツ下して隠して。私以外の人に見せないで」

「分かった」

 智弘はその時に、黄李の首に腕を回して、黄李からファーストキスを唐突に奪った。

 クリスマスイブの前日。移動教室で廊下を友人と歩いている時に、女子トイレからけたたましい笑い声をさせながら、クラスを仕切っている女子グループの四人が出てきた。

「やっばいやっばい」

「あれで男なの?」

 そのうちの一人は、トイレの入り口に男子の制服を落として、足音を立てながら廊下を向こうに去っていった。

 黄李は嫌な予感がして、その女子トイレの入り口に近づいていって落とされた制服の名札を確認した。

「浅田」の名札だった。

 制服のほかに下着もあった。

「何これ?」

 友人は制服を手に取ろうとしたが、黄李はそれを手で止めて、

「先に行っていて」

 と友人にその場から立ち去ることを求めて、自分は制服一式を持って女子トイレの中に入っていった。

 一番奥の個室が閉まっていた。

「智弘」

 黄李は声を掛けた。

「黄李?」

「うん。制服あるよ」

「助かった」

 智弘は個室の戸を開けた。智弘は思った通り全裸だった。

「酷い目になったね。身体中、つねられた痕だらけじゃん」

 爪が食い込んだような軽い出血の痕もあった。

「先生に言う?」

「言ってどうするの? あいつら大学の推薦の予定とかないから、叱られても直らないよ。内申点、そもそも気にしてないんだから」

「私もそう思う。早く着なよ。下着じゃ寒いよ」

「うん」

「変な誤解生んじゃ嫌だから、先に出て移動教室行っちゃうね。少し経ってから出てきて」

「うん。ありがとう」

 黄李はその場を後にして、トイレから出た。友人は廊下の角の所で待っていてくれた。

「遅刻確定」

「ごめんって」

 黄李は友人の肩をぽんと叩いて機嫌を取った。

 冬の良く晴れた日で、廊下の窓から残酷に白い陽の光が差し込んで、黄李の目を刺激した。 

智弘が心配になった。

 その日、学校の委員会の仕事があると親に嘘を付いて、智弘と学校帰りに駅裏のラブホテルに入った。

 教科の授業が終わった後、図書室の棚の影に智弘に引っ張り込まれて、

「黄李が欲しいな。ほしいな」

 と、半ば冗談のように囁かれて、

「冗談止めてよ」

 と、はにかんで、それでも智弘の目を見返したら、

「冗談じゃないよ。今から変なことする変な場所に黄李を連れ込もうと思ってる」

 黄李は返事をする前に、自分が自然と智弘の唇に唇を重ねるという行為に及ぶのを、確認し、自覚した。

 智弘が虐められたのは、何かの先触れだったかもしれない。

 ホテルの部屋に二人は入って、智弘、黄李の順でシャワーを浴びた。床がえんじ色の絨毯の少し古ぼけた雰囲気の室内だった。七畳ほどしかなかった。暖色の暗い照明が天井からぶら下がっていた。シャワーを浴びながら、黄李の頭の中は真っ白で、ぬるいお湯が身体を濡らすのを張り裂けそうな心臓で迎えた。

黄李がバスローブを羽織って出てくると、

「何それ? かわいい」

 と、智弘は黄李の腰に手を回して、ベッドへエスコートした。智弘は予行練習でもしていたみたいに、スムーズに部屋の照明を落として、黄李をベッドへゆっくりと押し倒した。

 跳ね上がり甘く疼く心臓を感じながら、黄李はバスローブの前を容易く広げられ、軽いキスの雨を身体中に落とされるのを感じた。智弘は黄李の臀部に手をやりながら、唇を重ねた。

 ゆっくり、じっくりと前戯を重ねて、智弘は行為に及んだ。

 めくるめく快楽が、黄李の目の中で現れて弾けた。智弘が優しく丁寧だったので、初めての行為でも痛みは無かった。

 身体の火照りが最高潮に達して、降下していきそうな頃に、智弘は黄李にのしかかっていた身体を離して、黄李の横に寝転がった。

「あっつくなるな」

「うん。火照っちゃうね」

 黄李は子猫のような、鼠みたいな小動物のような、守りたいような笑顔で智弘の方を見た。

「なんで今日、そんな可愛いの? 気持ちよかった?」

「うん」

 黄李は顔を赤らめた。

 智弘は、黄李の肩まである黒い髪の毛を、まるでペットに対してするように、しかしとても愛おしく大事そうに手で梳いた。

 智弘は、黄李の耳に口を付けた。

「君は最高に可愛いよ。世界で一番かわいくて、か弱いよ。愛してる。可愛い、かわいい……」

 どこか洗脳するような囁き声が、甘く溶かして濡らすように、黄李の耳朶を打ちながら、

――か弱い、って虐められていたのは智弘のくせに。

 という理性の声は、黄李自身の欲望と、智弘の声の愛撫によってかき消されていった。

 胸の中が濡れたぬくもりで一杯だった。

 帰り道、別れた後、家のレストランに一歩足を踏み入れたら、

「おい、黄李、手伝ってくれ」

 と、優に言われて、引き戻された現実に、顔を背けて、俯きたくなった。

「うん」

「店の中じゃ、『うん』じゃなくて『はい』って言え。示しがつかん」

「はい」

――自分の子供だから、従業員として使っても下の名前で呼んでいる癖に。給料も貰っていない。

「給料を貰っていない」その言葉は、「誰が養っていると思っている」という言葉で打ち消されることが分かりきっているので、そして、平手打ちの一つ、怒号の一つ二つ飛んでくるに決まっているので、決して言えない。

――確かに、私はか弱い。言い返されると分かっていても、不平や文句くらい言って、ぶたれてみればいいのに。

 私は実際、か弱くて、弱い。



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