こころの傷
ここから少し重い話が続きます。
「えっと、俺は何をしてたんだっけ。」
そんなことを考えた。
頭の中に霞が掛かったような感じがしてスッキリしない。
何か重要な事があったはずなんだけど。
ふと周りを見回す。そして自分がどこにいるのかわかった。
見慣れた景色。俺は自分の部屋にいた。しかしここって実家の俺の部屋だ。俺は実家を出て一人暮らしをしてたはずだけど・・・。
そう思って何となく部屋を出て階段を下り、リビングへ向かった。
すると人の話し声が聞こえた。
なんだろうと思って静かに俺はリビングのドアに近付いた。リビングで誰かが話をしているみたいだ。
リビングの扉をそっと少しだけ開けて中の様子を伺ってみた。
俺は驚愕した。
リビングの中には俺と両親がいた。
じゃあここにいる俺は一体・・・。
そこで俺は思い出した。俺は今知識と知恵の神の試練を受けていたんだと。
そして目の前の光景には覚えがあった。忘れたくても忘れるはずがない。
「どういう事なんだ?」
俺の父が声を荒げてそう言った。
父の目の前には俯いて座る俺がいる。今ここに突っ立っている俺に言っている訳ではない。
これはあれだろう。俺の頭の中にある記憶を再現しているんだろう。
父は怒りをあらわにしている。その隣では母が泣いていた。
その2人の前で俺は無言だった。
「どういう事かと聞いているだろう!」
父が先程と同じように怒鳴り声をあげた。
「どういう事かって説明したら納得してくれるのかよ!」
俺は顔を上げ父にそう言った。
俺のそのセリフを聞いた父が黙る。
「あれでしょ?思春期だから興味を持っただけよね?」
泣いていた母がそう言った。
「違うよ。そうじゃない。俺は女に興味がないんだ。男の方が好きなんだよ。」
俺が言った言葉に母はショックを受けたようにまた泣き始めた。
今俺の目の前の光景は俺が実際に体験した過去の事だ。
ある時ちょっとしたことから両親に俺が同性愛者、ゲイであることがバレた。
それも親が勝手に俺の部屋に入ってパソコンを覗いたということからだ。
そんなことをされるとは思ってなかったからパソコンにロックを掛けてなかった。
パソコンの中には色んな画像や動画が保存されていた。男同士で色々とヤッてる奴だ。
それを見た両親が俺にどういうことかと確認してきたと言う場面だ。
父は喧嘩腰、母は泣きじゃくっている。
こうなるんだろうな、と予想していた。
うちの家庭はよく言えば保守的、悪く言えば偏見と虚栄の塊だ。自分の家族を悪くは言いたくはない。だがひいき目に見てもそうとしか言えない。
父は公務員、それもかなりお堅い所でそこそこの地位にいる。母も教育業界のそれなりの地位にいた。
それぞれの性格もかなり偏っている。
父は頭が固く、自分の言っていることは全て正しいと思っている。母も父がいう事は正しいと思っているし、そうなる様に俺に教育してきた。
父はTVに映った同性愛者のタレントを見た時には気持ち悪いと渋い表情をして言っていた。
そんな2人に俺の事を伝えればどうなるかなんて簡単に予想がついた。俺は絶対に自分がゲイであることは伝えないでおこうと思った。
俺は2人の前ではいい子を演じていた。
いい子・・・、いや、2人にとっての理想の息子と言う存在だろうな。
必死に勉強していい中学に入った。エスカレーターで高校もいいとこの学校だ。部活でラグビー、習い事として柔道をしていた。そして必死に勉強して大学に入って教師の道を目指していた。
大学になれば家を出る気だった。その為に家から遠い大学を受験した。目標としていた大学にも受かり家を出て羽を伸ばせると思っていた矢先にこの状況が発生した。
2人にとっては俺はこのまま大学で教職免許を取り、学校の先生になり、結婚をして子供に恵まれいい祖父、いい祖母になるはずだったんだろう。自慢の息子、自慢の孫とに囲まれた人生を歩むと言う夢。それが俺によって打ち砕かれた。
でもそれは俺に言われても仕方がない。俺だって別に自分から選んでゲイになった訳じゃない。気付いたらそうだってだけだ。
気付いた時には好きになる対象が男だった、それだけだ。
だから俺にどういうことかを聞かれても仕方がない。元々そう言う事だったんだとしか答えられない。
2人にどう聞かれようが両親が納得する答えなんて俺に言えるはずはない。
両親が納得する答えなんて、『ただの気の迷いだったんだ』『単なる冗談のつもりだよ』という答えだろう。
その時そう答えていればよかったのかもしれない。俺が若かったからか、今考えてもわからないが俺が言った言葉は、さっき言った自分が本当に思っている事だった。
きっと両親に理解してもらいたかったんだ。それまで2人に嘘をついている様な気がして、気持ち的に辛かった。いくら待ってもらっても俺は結婚なんてしないし、孫を連れて帰ってくるなん事はない。
しかし両親の反応は予想通りの反応だった。
俺の事をどう思ってたんだろうか。
今まで信じてたのに裏切ったとでも思ったんだろうか。
それとも何か病気だとでも思われたんだろうか。
この後の事はあまり覚えていない。
何度もまともになれと言われたことを思い出した。
まともってなんだよ、そう食って掛かったのも思い出した。
俺はそんなに悪いことをしたんだろうか。
俺はそんなに迷惑をかけたんだろうか。
どうして俺の事を理解してくれないんだろう。一番近いはずの両親を凄く遠くに感じた。
俺の考えは聞いてもくれない、両親のいう事も俺は聞くことは出来ない。
自分に嘘をついてまで生きて行きたくなんかなかった。
お互いに納得しないまま、出来ないまま俺は家を出る事になった。
大学の学費に関しては親が出してくれることになった。
俺の為と言うよりも世間体を気にした為だ。
学費を払えずに俺が学校に行かなかったなんて話が出れば、自分達が恥をかくと言うのが理由だ。
生活費なんかは俺が自分で全て稼ぐという事になった。
それから俺はバイトを探して金を稼ぎ大学へ通う事になった。
家を出てから両親とは一度も話をしていない。
両親にとって俺はもう必要のない存在なのかもしれない。
あの時俺がもっと両親に話を合わせていたら違った結果になったのかもしれない。
だがそれは多分嫌な事を先送りにしているだけだろう。
年を取って結婚をしなければその事について聞かれては、はぐらかしてを繰り返すことになるはずだ。
俺も少しぐらいは期待していたんだろう。
俺がゲイという事を伝えても受け入れてくれるんじゃないか。そのままの俺を息子として認めてくれるんじゃないかと。
だが結果は違っていた。
お互いがお互いを受け入れられなかっただけだった。
1人で暮らし始めてから大学に通いながらいくつもバイトを掛け持ちしていた俺は、なぜそんなことをしているんだろうと思った。
親が喜んでくれるから教師になろうと思ったんじゃないのか。
今このまま教師になったとしても両親は俺の事を受け入れてくれるのか?
今の俺は無駄な事をしてるんじゃないかとも思った。
教師になるって言うのは俺の夢だったのか。親の夢だったのか、そんな事すら忘れてしまう日常を過ごしていた。
そんな時にこの世界へ召喚された。
「ホッとしたんじゃないのか?」
不意に声を掛けられた。
声のした方へ振り向くと俺が立っていた。
周りに目を向けると何もない。
俺と、もう一人の俺が立っているだけだった。
「何に?」
俺はもう一人の俺に聞く。
「決まってるだろ。この世界に召喚されたことについてだ。
俺はお前だ。お前の事なら何でもわかるさ。」
「そうか、そういう事か。」
「わかるだろ?お決まりだもんな。自分自身に問いかけられるって。
よくある話だろ?それを今やってるだけだ。」
「それで?この世界に召喚されてホッとしたかどうかってことだろ。
お前も俺なら答えを聞かなくてもわかってるんじゃないのか?」
「それこそわかってるだろ?お前の口から聞かないと意味がないってことを。」
「ふぅ、そうだな。正直ホッとした。あの場から逃げることが出来たんだからな。」
「へぇ~、自分で逃げれたなんて言うんだな。」
「あぁ、そう思ったから正直に言っただけだ。」
「だよな~。親からは拒絶されたし、楽な生活じゃなかったもんな。
勉強にバイト、家に帰ってきたら寝るだけの生活。友達と遊ぶことなんてなかったし。
この世界に呼ばれて良かったと思っただろ?
しかしまぁ、元の世界に帰りたいなんて思ってもないのに、その力を持った神を探して旅に出るなんてな。良くもそんなことを言ったもんだ。」
「それは召喚された国王に言った建前だ。勇者としてこの世界を救おうと思ってるのは間違いない。」
「そう言えばそうだったか。
しかしホントにこの世界を救おうと思ってるのかねぇ~。
あぁ、あれか。
元の世界に帰りたくはない、でもこの世界で暮らそうと思ったら魔王が邪魔だし、勇者として召喚されたんだから倒さないとこの世界では必要とされないもんな。
あれ?それってお前がこの世界で必要としてるっていうより、勇者が必要なだけじゃなんじゃないのか?勇者って他に2人いるよな。それにお前は魔王に勝てないって言われたんだし、いらない存在なんじゃないのか?
この世界を救いたいって言うか、この世界にいる為に必要だからやってるだけだろ?」
「・・・ッ。」
「お前もホントは別にこの世界を救いたい訳でもなんでもないんだろ?ただここにいる為に必要な事だからやってるだけなんだろ?
じゃあ別に世界救う必要なんてないんじゃないのか?と言うか勇者なんてやめればいいんじゃないか?
スキルも色々と持ってるんだし、この世界でやっていけるだろ。
後の事は他の勇者に任せたらいい。
お前自身別にこの世界を救いたい訳じゃない。ただ勇者でいればこの世界に必要とされていると思えてるからだろ。
そんな考えの奴が世界を救おうなんておこがましいんじゃないのか。」
「だとしてもだ。
そんな考えの俺が世界を救って何が悪い。何が問題だ!
お前が言った通りだろうが何か大きな志がなければ世界を救おうと思っちゃいけないってことか!」
「いや、世界を救いたいと思う事自体悪いことだとは思ってない。
それにここはお前の生まれた世界でもないしな。
その世界を命を懸けて救おうとしているんだ、その事についてはいいとしよう。」
「だったらなぜそんなことを俺に聞くんだ。」
「では魔王を倒した後はどうする?魔王を倒してもお前はこの世界に残る気なんだろう?
魔王を倒すほどの力を持ったままこの世界に残るんだ。なんでも好き放題出来るだろうな。
お前が魔王を倒してこの世界を救うと言うのは自分の居場所を得る為の行為なんだろう?
じゃあ居場所を得てからどうする?
誰よりも強い力を持ったお前が勝ち取ったこの世界だ。そりゃ何しても許されるんじゃないのか?」
「それは・・・。」
「そんなこと考えてなかったってことか?
あれだろ?ハーレムエンド目指してるんだろ。
そうなったら好き放題出来るだろうな。」
「違う。俺はそんなの目指してない。好き勝手出来るからってそんな事考えない。」
「ふ~ん、なんか矛盾してないか?
まぁいいか。とりあえず俺が聞きたいことは聞けたし。」
「聞きたいことは聞けた?」
「あぁ、じゃあ次行ってみようか。」
もう一人の俺がそう言うとまた俺は眠気に襲われた。
魔王を倒した後か・・・。考えてなかったと言ったら噓になる。
でも、俺は。
そう考えた所で俺の意識はまた闇に飲み込まれた。
お読み頂きありがとうございます。
正直こういう話を書くのはあまり好きではありません。
でもやっぱり必要な事だと思ってます。




