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「SFは人類がI粒子に順応することによって生じる、生態的変異――――言い換えれば『人類とは別種のものになる事』だ。
遺伝子そのものがI粒子に適合した形になり、それにより脳や肉体に通常の人間には見られない変化が訪れる――――具体的には『I粒子を自分で生成できるようになる』。
人体によって生成されたl粒子は幻想世界を構成するI粒子と異なり、『生成者本人の意思によってその形や性質を変化させることが出来る』。
それが目に見える形として具現化されたのがSFだ。
SFを所有する人類のことを、『SF所持者』と呼ぶ。
変異やSFは遺伝子の様に千差万別だが、SFを発動させることにより発生するI周波の型から四つに分類することができる。
特徴も傾向もそれぞれの型によって変わる。
まずA型I周波のSF は独特の形状と独自の性質を持つ、破格の能力だ。
特徴としてはSFの核となる物体が存在し、他のどのSFにもない性質を持つこと。
この型のSFを持つヤツはごく稀で、一騎当千の能力とも言われている。
うちの班じゃ脳筋がこの型のSF所持者だ」
「腹立つ事にね」
「あれ、オレ褒められてるはずだよな? なんでお前らそんな冷たい目してんの?」
すっかり鋭撃班の中で弄られるキャラクターだとおれの中でインプットされたマスさんは、SF所持者の中でも稀有なSFを持っているらしい。
確かに、どこか頼もしいというか、力強い印象があるマスさんが一騎当千の能力を持っていると言われると、納得するところがある。
そう一人考えていると、おじ様が『ふむ…………』と唸りながら呟く。
『通りで大将の覇気がすると…………』
武人には、大将の覇気というものが感じ取れるらしい。
おれにはよく分からないな、と愛ある冷遇を受けるマスさんを傍観するおれは、続く班長さんの説明に集中する。
「次にB型I周波のSFだが、これはSF所持者の中でほとんどのヤツが持っている型だ。
特徴は基本的身体能力の向上・強化。
つまり腕力や脚力が常人離れする。それに伴い耐久力・自然治癒力・五感も強化される。
鍛えれば鍛えるほど顕著に効果の出やすい型だ。所持する属性に対しての耐性もあり、汎用性も高い。
対してC型I周波のSFは火・水・風・土の四属性に属した能力の型だ。
B型の次に多く、これも訓練次第で自在に形状を変えることが出来る。
俺はB型とC型の多重型だ。SF所持者のほとんどはおれと同じ様な多重型で、それぞれ工夫してSFを使っている。
露出狂はC型特化で炎を操り、広範囲攻撃から飛行までやってのける化け物だ」
「天才と言いなさい、天才って」
不機嫌そうに口を尖らせた水着さんが「ふん」と顔を背ければ、揺れたポニーテールの毛先でぼっ、と一瞬火が煌めく。
火が消えた場所には焦げた様子などない艶やかな髪があるのみで、体の一部が発火しようと平然としている水着さんに「体の一部が燃えても気にならないのか」と、おれはある種の尊敬を抱いた。
なんというか、逞しい女の人には惹かれるところがあるのだ。個人的に。
「最後がD型I周波のSF。A型・B型・C型で見られる属性に属さない、一般的に念動力や瞬間移動と言われる超能力的な能力がこれに分類される。
C型I周波を持つ所持者の三分の一はこの型を同時に所有すると言われていて、D型SF所持者の大多数がC型の所持者でもある。
特徴は制限が顕著であること。発動条件の多いA型に比べると比較的容易に能力を使用できるが、回数や範囲に限界がある。念動力なら六十キログラムまでなら持ち上げられる、瞬間移動なら十秒のタイムラグと山手線三駅分とかな。
テメーの怪我を治したのはD型の中でも発現率の高い『治癒』のSFだ。露出魔はこれに属性を付ける事で治癒効果を高めている。骨折程度なら治せる人外だ」
「あんた私をどこまで人でなしにしたいわけ?」
聞けば聞くほどファンタジー的な要素の強い話であるが、しかしある程度の基準があるらしく、それに班長さんの説明が分かりやすいためすんなりとおれはSFについて受け入れることが出来た。
ちょくちょく皮肉が混じっているのは班長さんの性格だろうが、説明自体は要点がまとめられていて分かりやすい。
全部で四つのSFの型について理解出来たところで、おれは説明の中で出て来た単語についての説明を求める。
「属性って何ですか?」
「属性はD型以外のSFに認められる特性だ。
全部で六属性存在する。
基本は火・水・風・土の四つだ。それぞれ『すくみ』の状態にある。
火属性は水属性に弱く、風属性に強い。
特性は『侵蝕』。攻撃的な特性からこの属性のヤツは前線に出るのが殆どだ。
水属性は土属性に弱く、火属性に強い。
特性は『調和』。対象を鎮静化させ他属性と併用した際の相性が良い事から、後衛やサポートにと重宝される。
風属性は火属性に弱く、土属性に強い。
特性は『変化』。あらゆる側面に適応するためここぞという時の支援に活用される。
土属性は風属性に弱く、水属性に強い。
特性は『硬化』。防御面で優れた属性だから火属性と共に前線に立つヤツが多い。
火は風に、風は土に、土は水に、水は火に。
それぞれがそれぞれの弱点になるようにすくみあっている。
――――ゲームはやるか? SFの属性も言うなれば良くあるRPGゲームの属性とすくみだと覚えときゃいい」
説明を聞いたおれの頭の中に『火>風>土>水>火』という式が浮かび上がる。
三すくみならず四すくみ、という状態にある四つの属性。
確かに、知り合いや隣人が偶に学校に持ち込んでくるゲームのようだ、と数日前程前までは当たり前の日常だった日々を思い出す。
…………思えば、あれから四日も経っていたのだ。
隣人と登校して、知り合いと他愛ない話をし、授業を受け、机を寄せて弁当を開き、「また明日」と帰路につく。
空が灰色に染まるまで当たり前だった日々。
それが酷く遠い昔の出来事のような気がして、懐かしさを覚えると共に物寂しさを感じる。
――――早く、帰りたいと思った。
母さんと、知り合いと、隣人のいる、青い空の世界に。
心の片隅でそう願いながら、目の前の疑問を処理することが現在の最優先事項だと判断しているおれは、引き続き抱いた疑問を班長さんへ向ける。
「残りの二属性は?」
「後の二つはそもそも所持しているヤツが少ねー稀有な属性だ。
光属性と闇属性。
これはすくみの中に入らない特殊な属性で、互いが互いの弱点になっている。
光属性の特性は『放出』。
圧倒的火力であらゆるものを退ける、一撃必殺の最終兵器。
闇属性の特性は『吸収』。
触れたものを全て飲み込み我が物とする、忌避すべき暗黒空間。
この二つの属性は特性自体が強力だからな。
この二属性を持つSF所持者は各国にある組織の支部から引っ張りだこだ。
所持者は存在しているが、俺達のいる弱小支部じゃまず見ることすら叶わねー属性だ」
光と闇。
特殊な属性だというその二つは口振りから察するに、班長さんも見たことがないものであるらしい。
それほどに稀少な属性なのか、と世界各国から引っ張りだこであるという二属性の話を聞き終わったところで、SFと属性について理解したおれはおじ様を見る。
――――ところで、おじ様の力である十字架槍は何型のSFでどの属性なのだろうか。
『話から考察するに、我が槍はA型のサイドフェイスであると思うが…………うむ』
属性は解らぬ、と傍らに立て掛けた槍を一瞥し答えるおじ様に、班長さんが口を開く。
「十字架の材質からして、串刺し公の属性は『土』だろーな。砂や岩のみならず、鉄や亜鉛といった金属類も土属性に含まれる。橙色に光沢する黒い金属なんて、見たことねーしな」
「…………確かに」
今まで気にしたことは無かったが、おじ様の槍は光の当たり具合により鮮やかな橙色に輝く。
思えばそれだけで十字架槍がいかに特殊なものなのか、見ただけで分かるだろうが、何しろおれはこの四日間生き残るのに必死だった。
心に余裕が無かったため、こんな些細なことに気付けなかったのだろう。
精神的におれはまだ未熟だと思った。
「じゃあ赤神父のSFは? 亡霊の力を使う…………みたいなのは何型になるの?」
「D型だと思うが、本人が自覚していねーだけでAかもしれねー。とにかくクソ医者に見せるしかねーだろ」
水着さんの問いかけに対し医者に見せるという答えを返した班長さんは「あとは組織についてか」と投げかけると、おれの返答も聞かず説明を続けた。
医者とはどういう事か。
そのあたり、おれが今かなり不安になっている事柄についての説明は後回しにされたようである。
「俺達の所属する組織――――正式名称『Differ Dimension Mirror Another Conflict Incubator Defense Institution』。日本語で『異次鏡面幻想世界対侵攻生物防衛組織』という。
長ったらしい名称から通称『組織』と呼ばれている。
設立は十九世紀。ロンドンの秘密結社が元となっている。
組織の目的は侵攻生物から幻想世界を守ること。
世界各国に支部があり、俺達が所属しているのは日本の関東・カナガワ支部だ。
日本には他に東北・イワテ支部、近畿・オオサカ支部、キョウト支部、中国・シマネ支部、トットリ支部、九州・ナガサキ支部がある。
中でもカナガワ支部、オオサカ支部、シマネ支部、ナガサキ支部が中心になって日本奪還に乗り出している。
現在、俺達が向かっているのは日本支部の代表、カナガワ支部だ。
昔は首都が生きてたが、六十年前に陥落した。今は侵攻生物の巣窟だ。
カナガワ支部は現在サイタマ、チバ、トウキョウ奪還に向けて機動している。
ここまではいいか?」
『世界各国と言っていたが、ワラキアは現在どうなっている』
聴取の姿勢を保っていたおじ様が声を上げる。
ワラキアはおじ様がかつて治めた土地。おじ様の故郷でもある場所だ。
やはり領主として国民として、祖国がどうなっているのか気になったのだろう。
班長さんは短く、
「陥落した」
とだけ答えた。
驚くほどあっさりとした返答に、逆におれが「それ以上言うべき言葉はないのか」と戸惑っていると。
『そうか』
これも驚くほど無感動に言った後に、おじ様は『時の流れよ。仕方あるまい』と一笑して班長さんに続きを促した。
おれはおじ様が何を思い、そう言ったのかよく分からない。
どうしてかつて守ろうとしていた国が侵攻生物という化け物に奪われて、そう、平然としていられるのか分からない。
だけど、戸惑いながら覗き見たその横顔は――――何故だろう。
まるで願いが叶ったかのような、満たされた表情だったから。
懐かしさの中に哀愁を潜めたような。
それでいて愛おしげで、諦めと希望の混ざった表情。
どうしてそんな顔をするのか。
何を思い、そんな風に微笑むのか。
何もかも理解できないおれだったが、ただ、なんとなく、おじ様が現在の祖国の状況を嘆いているのではないという事だけは分かったので、これ以上何か言う事もないだろうと口を噤んだ。
おじ様にも、思うことがあるのだろう。
それをあれこれと問い質すのは野暮ではないか。
足場の悪い道を走っているのか、がたりがたりと揺れるトラック。
座椅子が固いため、揺れと長時間による座位のせいで臀部に若干痛みを覚えてきているおれだが、班長さんや水着さん達は平気な顔で深々と長椅子に腰掛けている。
おじ様も涼しい顔でトラックに揺られていた。
どうやらおれだけが悪路を走るトラックの振動によるダメージを受けているらしい。
何故だ。彼らの腰から下は鉄で出来ているのか。
「わりっ。ちょっとオレ腰やべぇから立つわ」
訂正。仲間がいた。
お前らよくこんな固いイスに長時間座れるな、と呆れ混じりに溜め息を吐いて立ち上がるマスさんに、少し親近感が湧く。
「おーいてて…………」と呟く彼への苦手意識が僅かに薄れ――――ない。やはり真っ直ぐおれの視線を見つめ返す彼は苦手だ。
ふいと視線をマスさんから外し、班長さんへ戻す。
揺られてからだいぶ経つであろうこのトラックが向かっている目的地と、班長さん達が所属している組織についての成り立ちと現状は聞いた。
じゃあ次だと、と班長さんは組織の内部構造について、聴く姿勢に戻ったおれへ語り出す。
「組織のメンバーは全員SF持ちだ。資金提供の上層部のヤツらにはSFを持たねーヤツもいるが、表立って行動しねーヤツな上関わりはあんまりねーから、説明は省かせてもらう。
組織内部は大きく司令部、技術部、医務部、防衛部に分かれている。
司令部が幻想世界の情報を分析、拡散しそれぞれの部署に伝える。
情報を受けた防衛部、つまり俺達のいる部隊が侵攻生物との戦闘・土地の奪還を実行。
怪我人が出れば医務部が治療に当たる。
技術部は防衛部の武器や防護服、司令部が使うレーダーから医務部で利用される薬品の開発まで、全体を通して組織のバックアップを担当。
全体的に全ての部署が互いの部署を支えている形になっている。一つでも崩れりゃ全て崩れる、運命共同体だ。
順を追って各部署について説明していく。
まず司令部だ。
司令部は司令室での業務が主となり、最高責任者である艦長の下二つの班に分かれ機能している。
一つが分析班。
幻想世界にいる侵攻生物や発生したI周波を分析し、レベルや型を特定する班だ。情報の整理や正否を調査する班でもあり、侵攻生物との戦闘や土地の奪還作戦を立てる上での重要な情報元となる。
分析班が分析した情報を各部署に通信・拡散するのが、通信班だ。
常に各部署に数名常駐し、最新の情報を提供する。作戦実行時にも同行し、司令部からの情報や指示を送受信する班だ。
次は技術部だ。
技術部は適材適所の主義を掲げ、SF所持者の新たな武器や道具を開発している。
分析班から得た情報を元に侵攻生物に対抗できる防具を作ることもあれば、現存する剣や銃を改造も出来る、世界有数の技術と知識を持ったヤツらだ。
…………引き換えに変人も多い上、妙なもんの試験体にされる事もあるから、必要以上は関わらないのが得策だけどな」
技術部の説明の途中、苦虫を噛むように表情を顰める班長さん。
班長さんの言葉に心当たりがあるのか。
「全自動侵攻生物捕獲機…………」と頭を抱えるマスさんに、「耐熱性女子高生コス…………」と遠い目をし出す水着さんの両名。
一体何があった、とおれは思わずにはいられなかった。
何があった。技術部との間で。




