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「はいはーい! その前に俺らに解説して班長! 俺とナガちゃんだけ置いてけぼりだからよ!」
「…………解説? はぁ?」
緩やかに動き出したトラックの中。
二対三で対面するおれと亡霊と兵士の間に堅い空気が漂い始めたその時、厳粛な場の雰囲気を打ち破るように、軽率な調子でマスさんが声を上げた。
班長さんは眉間を寄せると、手を挙げて存在感をアピールするマスさんへ、馬鹿にしたように斜眼を向ける。
「俺がテメーらに何を解説すんだ」
「そりゃあ赤神父がウラド3世じゃないのとか、お父さんの方が3世なこととか、実はお父さんが亡霊? らしい事を見抜いた理由を…………」
「……テメーらは馬鹿なのか?」
完全に馬鹿にした様子で溜め息を吐く班長さん。
なだらかに落ちたその肩に呆れの感情が色濃く見える彼に、水着さんの顔に苛立ちが浮かぶ。
「こいつと一緒くたにされるのは癪だけど、あんたみたいな天才と違って私達凡人はどうしてあんたがそういう結論に至ったのか分からないから。一から百まで説明してくれないかしら?」
「テメーは天才の家系だろうが」
「生まれはそうだけど私庶民育ちだから」
高飛車な態度でつんと言い放つ水着さんは「貴方も解説して欲しいわよね?」と何故かおれに話を振ってくる。
彼女はどうしておれを巻き込んだのか。
じと、とした視線を向けてくる班長さんに気圧されるおれはおそるおそる、水着さんに返答する。
「…………おれが、武人というには貧弱すぎるから、班長さんはおれが串刺し公ではないと気付いたんだと思います」
「それもある」
それ“も”と答えた班長さんに「それ以外にも何かあるのか」と心の中で驚く半面、他にどの要素でおれが串刺し公ではないと判断したのだろうと疑問に思いながら、心底呆れ果てたと言わんばかりに顔を顰めている班長さんの言葉に耳を傾ける。
「まず顔だ。串刺し公が治めたワラキアはルーマニア南部の地方だ。どう考えても西洋出身の串刺し公がアジア系の顔立ちしてるわけがねぇだろ」
――――確かに。
まあ、その通りだとおれは彫りの深いおじ様のご尊顔を横目に頷く。
壮年を感じさせる目元のシワに、すっと通った鼻筋。上品に蓄えられた髭に意志の強い双眼。
玉座に座っているのが似合う荘厳なその面立ち、歴戦の武人であり高尚な貴族であることを示すその身なりは、正しく彼が人と地を統べるにこれ以上なく相応しい存在であることを証明していた。
それなのに何故、ほかの人がおれのことを串刺し公と間違えられたのかは分からないが。
「次に服装。串刺し公が身に付けてる鎧は板金加工技術が進歩する前の十六世紀前の物。鎖帷子とプレートアーマーの重ね着といやぁ十四世紀から十五世紀にかけて主流だった、機動性より防御力を追求していてた時代の着方だ。…………まあ、そこの串刺し公は防御力より機動性を重視しての軽装らしいけどな」
思わず感嘆の声を上げそうになったおれは、鎧一つ見ただけで時代背景まで読み取れる班長さんの知識量に驚く。
おれとそう歳の変わらない人が、どうして鎧の歴史を知っているのか。着方から年代が分かるのか。
おれから見たおじ様の鎧は堅牢で、厳しい。
動く度に関節部の装甲が擦れ合わさり、カシャンッ、と金属同士が擦れる音が鳴り、今は全く気にしなくなったが、移動の際は少し煩いと感じだものだった。
その鎧は胴体と両肩を防護し、腰回りも防御しているが、腕は肘から先を。足は膝から下を守っているその着方は、本来のプレートアーマーからすれば軽装と言えるかもしれない。
おれがおじ様の鎧を見て得た情報は本当に数が少なく、一目見ただけで時代を判定出来てしまった班長さんの鑑識眼に呆然とすると共に、尊敬の念を抱く。
なんと、博識なのだろうか。
普通鎧の構造とか鍛冶屋でもない限り――――いや、下手すれば鍛冶屋でも知らなさそうな知識を持っているなんて。
この人、何者だ。
「最後に赤神父の服装だ」
感心と尊敬の思考を巡らせているうちに、班長さんの解説はおれへと移る。
赤神父という呼び方でおれを呼ぶのか、とさらりとマスさんが最初に発した造語を口にする班長さんに、「まあこの世界じゃ名前を名乗ってはいけないようだし」とその理由を推測するおれは、淡白に言葉を紡ぐ彼の話を聞く。
「この脳筋がテメーを神父と判断したのはその上着が原因だろーな。確かに形状こそカソックと似てるが、目測からして丈が足りてねー。それに首元のチャックに十字架が付いたカソックなんてもんはねー。防水性の生地からしても、それは学ランだ。カソック調の学ランとなると、関東じゃミッション系の――――この辺にある戦ヶ時国高等学校の奴だろ。
学ランの型がまだ緩んでねーところからして一年…………ってところか」
この人は頭の中に日本全国の高校のパンフレットがインプットされているのかと思った。
まさか軽く畳んでいる学ラン一つから学年まで特定されると思っていなかったおれは内心戦々恐々としながら、並外れた班長さんの推理力にただただ愕然とする。
たった数分間で身元まで特定するなんて、この人は本当に人間の頭の作りをしているのか。
「何その推理力気持ちわるっ」
「背後から撃ち抜くぞクソマス」
「いや……普通制服一つで年齢まで特定できないわよ…………」
おれの代わりに班長さんの披露した推理力に対しての感想を言うマスさんを、班長さんは苛立った様子で睨み付けながら「テメーらの頭が悪いんだろ」と貶す。
これに対し「は? 何その態度」と気の強い水着さんが反論し班長さんに食ってかかる。
睨み合う二人の間に漂う劣悪な空気。これを打ち破るようにマスさんが声を上げる。
その一連の流れを観察したおれは、なんとなく、彼らの関係性を理解した。
彼らは鋭撃班というグループに所属しているらしいが――――見たところ、あまりチーム仲は良くないらしい。
いつか崩壊しそうで、心配なチームである。
赤の他人であるおれが言えるほど、関係は良くないので。
「で? 串刺し公が赤神父じゃないって判断した理由は分かったが、串刺し公が赤神父のSFだと思った理由は?」
「ここに来る前、前衛部隊の奴らにレベル5の侵攻生物と戦った話を聞いた。その中で、『赤神父がレベル5を串刺しにした』っつーのが気になった」
険悪な班長さんと水着さんの刺々しい空気を入れ替えるようにマスさんが問うと、水着さんから視線を外した班長さんはつらつらと己の思考を語り出す。
「かの有名な串刺し公が串刺しにするなら納得がいったんだけどよ。なのに串刺し公はたった今まで使っていた槍をそこの赤神父に渡した。それは何故だ。
その理由を考えると、串刺し公は赤神父に『槍を渡す必要があった』っつー前提が生まれた。でねーと気を抜きゃ死ぬ状況で自分の武器を手放すなんて愚行しねーだろ。
じゃあ何で串刺し公は赤神父に槍を手渡す必要があったのか。
それは実際に串刺し公を目にして理解した。
こんだけ存在感があんのに『影がねーなんて』そんな異常な事態、何者かに影を奪われたかもしくは『既に存在しない人間か』――――それしか考えられねーだろ」
この世界じゃ影が奪われるような事があるのか、とおれは胸中でツッコんだ。
なんて世界なんだ、ここは。
「で、串刺し公は既に故人っつー大前提を元に、赤神父に槍を手渡した理由と影がねー事実を掛け合わせて、串刺し公と赤神父は符合すると考えた。妙に親密な様子だしな。
だから訊いたんだ。『この串刺し公はテメーのSFか』ってな。
死んだ人間が生き返るSFなんか有り得ねーが、『死んだ人間と交流するSF』ならあり得ると思ってよ」
つまりおれを降霊師の類だと思ったのか、彼は。
柔軟な思考で俺に投げかけた問いにまでたどり着いた班長さんは、薄々感じてはいたが頭が良いらしい。
本当に同年代か、と思いながらぼーっと班長さんを見詰めていると、おれの視線に気付いた彼は「何だ」と声を掛けてくる。
「いや…………凄いな、と思って」
純粋に、その思考力や知識量が。
班長と呼ばれているだけあって、莫大で、博学で。
おれにはないものを持った人は、本当に。
凄いと――――心の底から、尊敬する。
「――――当然だろ。俺を誰だと思ってやがる」
はん、と鼻で笑う班長さんだが、不機嫌そうに歪められていた表情は心なしか誇らしげだ。
その自慢気な顔がやけに絵になって、今更になって班長さんの造形が整っていることに気づくおれは「鋭撃班って美形揃いなのか」と思いつつ。
「まっ、あんだけ出来るお兄ちゃんがいるなら当然よね。これでポンコツだったら本当にリュウと血が繋がっているのか疑うわよ」
「ド頭撃ち抜かれてーか露出女」
「好きで脱いでるんじゃないわよ英雄の愚弟!」
班長さんにとって禁句を唱えたらしい水着さんが腕から炎を、今にも人を殺しそうな顔をした班長さんは拳銃を抜くのを眺めるおれは、一触即発の空気を壊すマスさんが「多分班の中でお兄ちゃん的立場なんだろうな」と思いながら場が収まるのを待つ。
『鋭撃兵マスが間を取り持つ形で、我の強い炎使いの女と傲岸な鋭撃班班長シュウの関係を保つ――――鋭撃兵マスの対人能力がなければ足場から崩壊しかねぬ危うい兵団であるな』
隣でおれと同じようなことを考えているおじ様は、おれと同じく鋭撃班の中に入って内紛を止める気はないらしい。
まあ、まだ味方と決まったわけではないと思い傍観に徹しているのだろう。
おれは少しおじ様と理由が違い、おれのような部外者があの中に入ってはいけないだろうと思い傍観しているのだが。
確かに仲が悪い彼らだが、喧嘩に見えるやり取りの中にほんの僅かながら、信頼が垣間見えるので。
そんなところに、おれなんかが入ったら駄目だろうと思った。
「――――改めてこの世界について説明するぞ」
炎と銃弾を交えた後、水着さんと同じタイミングで座席に座り直した班長さんはようやく本題の説明に入る。
何事も無かったかのように仕切り直す班長さんの隣で、若干ボディースーツが焦げたマスさんの姿が見えたが、誰も触れないのでそういうものなのだろうとおれは解釈した。
蚊帳の外から本題へ帰ってきたおれは聴く姿勢で、班長さんと向かい合う。
おれとおじ様が聴く体制をとった事を察した班長さんは、現在おれ達のいる『この世界』について語り出した。
「『この世界』は通称“幻想世界”と呼ばれている、俺達が本来住んでいる世界と『ズレた』次元に存在する世界だ。
幻想世界はズレた次元にあるが、俺らの住む世界――――便宜上、現実世界と呼んでいる世界と鏡合わせのように繋がっている。現実世界でビルや商店街が建設させれば、こちらの世界にもそれらは現れる。ただし、こっちの世界で物が壊れても現実世界になんの影響もねーけどな。
――――だが、唯一影響のあることがある。
それが『土地を喰われる』ことだ。
俺達のいる現実世界や幻想世界とは違う場所…………いわゆる『異世界』からやって来た侵攻生物によって、熱や水といった生命力を喰らわれた土地は荒廃する。つまり、『死んだ』状態になる。
幻想世界の土地が死ぬと、次元が違えど同じ土地に変わりはねー現実世界の土地も荒れる。
積み木だと考えりゃ話は早ぇ。
現実世界が積み木の上段で、幻想世界が下段。
上段の積み木がいくら崩れたところで下の方の積み木は動きもしねーが、下段の積み木が崩れたら――――その上の積み木は、一気に倒壊する。
これが、この世界だ」
おじ様の語った話を思い出しながら説明を聞いていたおれに、「理解したか?」と一旦説明を区切り確認をしてくる班長さん。
ちゃんと話についていけているか確認してくれるんだ、と見た目から想像するより面倒見の良さそうな彼の対応に、班長さんへの評価をやや上向きに修正しなから「大丈夫です」と答える。
班長さんは「なら続きに進むぞ」と言い、説明を再開した。
「この世界には現実世界を構成する酸素や水素、炭素の他に『I粒子』と呼ばれる物が存在して、幻想世界の殆どをこのI粒子が形作っている。
I粒子は刺激を受けるとその形や性質を変化させる特性を持ち、土地を喰らいこの粒子を取り込むことで侵攻生物は『進化』し強くなる。
侵攻生物に対しレベル2やレベル5やら聞いたと思うが、それは侵攻生物の強さを示している。
レベルが高いほど侵攻生物は自我を持ち、独自の能力を持つようになる。
そしてそいつらに人類の開発したミサイル、大砲、戦闘機、核爆弾といったあらゆる化学兵器は効かねぇ。
唯一、侵攻生物にダメージを与えられるのは、同じI粒子を元とした能力――――人類がI粒子に適合した結果生まれた生態的変異、『SF』だけだ」
SF。
それはおじ様にとっての十字架槍であり、おれにとってはおじ様の槍を扱うことである――――人智を超えた能力。
猪型の化け物、もとい侵攻生物と戦っていた際に見た勇者さんや大剣さん、ハンマー使いさんが使っていた炎や風や岩石もSFと呼ばれるらしいが――――一体どういうものだろうか。
あの近未来的な装備もSFに含まれるのだろうか、と考えるおれへ班長さんは説明を続ける。




