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青天の彼岸花-regain the world-  作者: 文房 群
二章 防衛組織と前衛部隊
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三話 藍眼-日光下の吸血鬼-

「…………防衛部は大きく『前衛部隊』と『後衛部隊』に分かれる」



 気を取り直し、組織内部の説明に戻った班長さんは主に侵攻生物との戦闘と土地の奪還を実行するという、防衛部について語っていく。



「前衛部隊は前線で侵攻生物との戦闘と土地の奪還作戦を実行していく、武闘派のSF所持者(ホルダー)が大多数な部隊だ。

 中でも俺達の所属する『鋭撃班』は先陣を切って侵攻生物と戦う専門の部隊だ」

「三人しかいないけどな!」

「主に班長の無茶な作戦のせいでね」

「精鋭部隊だから人数が少ねーんだ理解しろ馬鹿共」



 前衛部隊は前線で侵攻生物と戦うのだと聞いたおれの脳裏に、猪型の侵攻生物と戦っていた勇者さんや大剣さん、そして扇子の女の子の姿が思い浮かぶ。

 前線で戦うということは、それだけ命の危険も伴うということ。

 絨毯さんや扇子の子も、前線で戦う部隊の者だったのだろうか。

 ということは、それだけ実力があるという事なのだろう。

 体格が優れていなくても、女の子でも、この世界ではSFがどれだけ強いかが重要になってくるようだ。


 ある意味才能がものを言う世界だと、おれは少しこの世界が冷酷だと感じたが、いや待てよと瞬時に思い直す。

 元の世界――――現実世界でも、似たようなものだったではないかと。

 出来損ないのおれが、言えた口ではないかもしれないが。



「後衛部隊は主に前衛部隊の支援を担っている。

 医務部や通信班が入ってくるため、防御に優れたSF所持者が多い。


 後、『英兵部隊』なんていう組織最強の部隊がいるが、コイツらは基本海外への支援に回されてこっちにいることが極端に少ねー。そうそう遭遇する事もないだろーな。まあ、逢った時にでも紹介してやる」



 手早く説明を終わらせた班長さんは「最後に」と、残った部署の紹介を述べていく。



「『医務部』は侵攻生物との戦闘で負傷した兵士の治療や、メンタルケアを行う部署だ。主に負傷者の利用が多いが、SFは精神面が強く反映するため、カウンセリング目的で用になるヤツも多い。

 これからテメーが組織について一番最初に向かうことになる場所だが、医務部で一際目立つヤツについては気にすんな。構うだけ無駄だ」



 その、医務部で一際目立つ人物と知り合いなのかどうかは定かではないが、念押しするようにおれに「いいな」と同意を求めた班長さんは嫌な事でも思い出したのか。

 非常に忌々しそうに顔を歪め、舌打ちを零した。

 毛嫌いしている。そんな印象の強い反応だった。



「以上が大体の説明だ。質問はねーか」



 終始高圧的な態度ではあったものの。

 あと偶に不機嫌そうに眉間を寄せたり目を細めていたりしたものの、親切なところはあるらしい。

 疑問がないかきっちりと訊ねてくるあたり、言動のわりに悪い人では無さそうだ――――と。

 おれの返答を待つ班長さんに、高慢な様子から抱いていた悪印象を薄められたおれは、彼から聞いた話の内容に漏れがないか。

 班長さんの説明を頭の中で繰り返して――――あれ、と。

 些細な疑問を抱く。



「…………質問なんですけど」

「何だ」



 ぶっきらぼうな物言い。

 鋭さすら感じる冷淡な声に少々気圧されるおれだったが、答えてくれる気はあるらしい班長さんに意を決し、単語的な違和感を指摘する。



「侵攻生物って、何で『Incubator(インキュベーター)』って呼ぶんですか? 侵攻って英語だと『Invader(インベーダー)』ですよね?」



 侵攻、即ち侵略を表す単語は『Invader』であるとおれは記憶していた。

 というのはこちらの世界に来る数日前、隣人が学校に持ってきたレトロなゲームで盛り上がった記憶があるからだ。

 そのゲームは段々と自軍側に寄ってくる侵略者の攻撃を避けながら、攻撃し撃ち落としていく、ドット絵のゲーム。

 アーケードゲームとしても稼働していたという有名なゲームだ。


 宇宙の侵略者、というタイトルのそのゲームでおれは『侵略者=Invader』であると確実に覚えたのだが。

 何故、侵略と同意味である『侵攻』を行う生物を、『Incubator(インキュベーター)』と呼ぶのか。

 インキュベーターは侵略者ではなく、別の物を示す言葉だったはずだが――――


 ――――違った、だろうか?


 じっ、とこちらを見据え沈黙していた班長さんはふっ、と鼻を鳴らすと組んでいた脚を組み直す。

 次におれを見た彼の顔に浮かんでいたのは、



「どうやらテメーは露出女より頭は働くらしいな」



 感心と、僅かな賞賛だった。


 「いい加減にしないと燃やすわよ?」と首を傾げ右手に炎を握る水着さんを無視し、脚を組み直した班長は言う。



「確かに、『侵攻』という言葉はテメーの言う通り『Invader』という綴りが正しい。

 そもそも『Incubator』は孵卵器や未熟児の保育器といった温度を一定に保つ機械や、新しい企業の支援を行う事業・団体を指す言葉だ」

「え? マジかよオレ知らなかったわ」

「脳筋ちょっと黙ってろ。説明中だ」



 頭の中に百科事典でも入っているのかと思わせるような知識を披露した班長さんに、マスさんは感嘆の声を上げるが、それは本当におれと同年代か疑わしくなってきた知識人に冷たく一蹴される。

 えー、と傷ついた様な。もしくは最初からこうなる事を分かっていたかの様な半眼のマスさんを放置した彼は。



「侵攻生物に対して文法的に間違っている言葉を使うのは、ハッキリ『Incubator』と名乗った奴らがいるからだ」

『…………奴ら、とな?』

「ああ。そいつらは――――」



 ――――と、まで。言ったところで、



 トラック内にテレビの砂嵐に似たノイズ音が、大音量で流れた。



『ぬ…………!?』



 ザザザザザ――――と。頭蓋骨の内側を引っ掻かれているような、どうにも不快な音の後に「ブチッ」と塞き止められていた何かが繋がる音がする。

 聴覚を頼りに音源を辿れば、うっすらと耳鳴りがする気がする音を放つ小型のスピーカーが、トラックの運転席側に設置されているのを発見した。

 どうやら、無線のようなものを受信しているらしい。



「――――悪ぃ。本部から通信だ」



 ノイズ音が流れ出すや否や、ただでさえ淡泊だった表情を緊張感で強ばめた班長さんは、襟の下から小型マイクとイヤホンを装着する。

 無線の送受信機が組み込まれた、車の運転時でも手を使わず運転が出来るワイヤレスイヤホンマイクであるようだ。


 班長さんに続きマスさんはジャケットの上着から、水着さんはビキニの腰紐に引っ掛けていたイヤホンマイクをそれぞれ装着したところで、スピーカーから男の声が聞こえた。



《あー、あ〜っ。テステス、あ〜――――っ、と。鋭撃班の班長く〜ん?》



 スピーカーから聞こえてきたのは、どうもだらけた印象が強過ぎる間の抜けた声だった。



「何だクソ医者」

《うっわ〜っ、相変わらず口悪いねハ〜ンチョ〜くぅ〜ん。そんなのだから組織のみんなから嫌わてるんだよ〜?》

「無駄口は良いからさっさと用件を言え」

《あっ、そうそう。串刺し公を保護したんだって? 良かったね〜処刑されなくて〜。班長くんの事だから串刺し公の機嫌損ねて真っ先に串刺しにされてるかと思ってたけど、無事こっち帰ってきてるんだって? 五体満足で帰ってこれて良かったね〜》

「…………話はそれだけか」



 非常にのんびりとした声音から紡がれる皮肉に、班長さんの眉間に段々と谷間が形成され、不機嫌になっていく様子が伺える。

 苛立ちを隠すつもりもないらしい彼は「用がねーなら切るぞ」と吐き捨て、イヤホンマイクのスイッチをオフにしようと耳に掛けた小型送受信機に指をかけて。

 それを見計らっていたかのようなタイミングで、縁側で寛いでいるかのような平和な声は本題をあっさりと告げた。



《ところで本題だけど、今本部の方に『吸血鬼』が来てるんだよね〜》

「…………は?」



 びたりと。

 スイッチに手をかけた班長さんの手が止まり、のんびりとした声は続けて。



《うん。だから〜、レベル6の『吸血鬼』“ハルムヴェイト”伯爵が、本部にいるんだよ》

「…………被害状況は?」

《本部正面ゲートとゲートから五百メートルの道路かな? ヒマだから襲撃しに来たみたいだよ〜?》



 忌々しげに舌打ちを零す班長さんの心境は部外者であるおれには察せられない。

 だが、先程説明を受けたばかりの「レベル6」という言葉から現在本部が危険な状況に立たされていることは、詳細をよく知らないおれにも分かった。


 レベル6。

 それは侵攻生物の強さを表す指標で、最も強いとされている。

 先程おれが戦ったレベル5の侵攻生物よりも強い。

 未知の、生物だ。



「エアボードならこっから本部まで五分とかからねー。それまで持ち堪えられるか?」



 腕時計に視線を落とした班長さんは真剣な声音で問う。

 スピーカーからダダ漏れ状態である音声の内容から想定するに、どうやらこのトラックが向かっている組織の本部に、レベル6の侵攻生物がいるらしい。

 『吸血鬼』や『伯爵』も聞こえたが、その言葉に関する事は理解出来なかったため一旦保留にしておくとする。

 いや、吸血鬼だとか伯爵だとか、そういう単語の意味は分かるのだ。

 ただ、どうしてそのような言葉がここで出てくるのかが分からないだけで。


 班長さんはトラックに乗車した際持ち込んで来た、現在奥に立て掛けている近未来的な造形のサーフボードへ目を向ける。

 その間に眼鏡を外し、ワークキャップとゴーグルを装着し装備を整える彼の手際はあまりに慣れ過ぎていて、幾百回と同じ動作をしてきた事が容易に想像出来た。



《あ〜、大丈夫〜。さっき俺が「鋭撃班なら串刺し公のお迎えに言ってます」って伝えといたから〜》

「………………………………は?」



 腰に付けたホルスターから銃身の長い――――確かライフルというのだろうか?

 狩猟に用いられるような銃を片手で取り出し、グリップの握り具合を確かめていた班長さんは手を止める。

 呑気な声は、



《でぇ〜、どうも伯爵さぁ〜? 串刺し公の大ファンらしくて〜、さっさと引き上げてそっち向かったから〜。レベル3とレベル4を引き連れて〜》



 と言うと《じゃあ頑張ってね〜》と残し、ぶつりと通信を切った。

 スピーカーにノイズ音が流れ、数秒もしない内に完全に何も聞こえなくなった。



「…………はんちょー?」

「………………………………………………」



 マスさんの呼び掛けに反応せず、沈黙する班長さんは手で顔を覆う。

 伏せられた横顔におれは思う。

 どうやら彼から苦労人のような雰囲気がするのは、鋭撃班の班員だけが原因じゃないようだ。



「…………脳筋、露出魔」



 やがて顔を上げた班長さんは言う。

 否、命令する。



「テメーら、これから吸血鬼止めてこい」



 真剣で敵を斬り伏せるかのように言った。



「はあぁぁぁぁぁぁ!? あん、たっ!? ちょっ、無茶振りにも程があるでしょぉぉぉ!!?」

「うるせー。さっさと行ってこい」

「うるせーじゃないわよ俺様班長! 塵にするわよ!!」

「そうだぞ班長! 三人がかりでやっと足止め出来んのに、二人とか無理だろ!!」



 マスさんと水着さんは猛反対するが、班長さんは意にもせず人の身の丈はある狙撃銃を背負うと、エアボードを手に取り座席に座りっぱなしのおれを見る。



「いいか? テメーはこのまま本部に向かえ。何があっても外には出るな。目をつけられたら厄介だ。テメーもだ串刺し公」

『ぬぅ…………』



 様子を見に行くつもりでいたおじ様の内心をあっさり見抜き釘を刺した班長さんは、トラックの床にエアボードを置くと片足を乗せる。

 右手には腰から引き抜いたライフル銃が握られていた。



「俺は輸送車の進路を確保する。準備はいいかテメーら」

「いや準備も何も私納得してないから! 勝手に話し進めないでくれる!?」

「ていうかオレ移動手段徒歩なんだけど! お前らみたいにボード乗ったり空飛べたり出来ねぇなんだけど!?」



 どうみても内部崩壊が進行しているとしか思えない険悪っぷりを見せつけてくる鋭撃班に、おじ様と「これもう駄目じゃないか?」『うむ』とアイコンタクトを交わすおれは、部外者ながらこの場を落ち着かせた方が良いのかと思い口を挟もうとして。



 ぞうっ――――と。



 肌を撫でた、巨大な芋虫が背中を這っていったかのようなおぞましさと違和感に、本能的にトラックの進行方向へ顔を向けて。

 おれがトラックの運転座席の方へと意識を向けたと同時に、班長さんが確固とした口調で傲然と言った。



「問題ねー。もう来た」



 次の瞬間。

 ドォンッ、と鼓膜を介し脳内まで震わせた轟音が、衝撃と共に輸送トラックを襲った。



「うぬん…………!?」

『ぬっ…………!?』



 突然トラックを襲った衝撃に、肺を見えない手で肋骨ごと押し潰されたかのような錯覚を覚えたおれは、長時間固い座席に座っていたことによるダメージが蓄積されていた腰が砕け、頭から転落する。

 椅子から転げ落ちたおれに次に襲い掛かったのは、額に走ったゴンッという鈍い音だった。



「ちょっ、赤神父が死んでるんだけどこれ大丈夫か!?」



 マスさんの悲鳴に返事すら出来ないおれは、無言で腰を直撃した衝撃と額越しに頭蓋骨を痺れさせた痛みに悶える。

 一瞬目の前が白くなったが、意識は飛ばしていなかった。

 『我が子ぉ!?』と驚きの声を上げるおじ様にすら何のリアクションも取れないほど、腰に頭の鈍痛が半端ではないが。



「俺は行くぞ」

「あ! ちょっとあんた話しは――――」



 ぶぉうっ、と質量を持った風がトラックの床を押していく。

 ほんの一瞬の風は床に伏せるおれの頭部を乱していって、遠ざかっていった。

 じくじくと疼く額を床から放し顔を上げれば、ボードごと班長さんの姿が消えていた。



「まったく…………ホントに人の話を聞かないわねあの班長は…………!」



 衝撃を受けた直後止まっていたトラックだったが、水着さんが班長さんが出ていっただろうトラックの出入口を眺め愚痴ると、再び動き出す。

 緩やかに走り出したトラックの中。

 そろそろと体を起こしたおれは、ぶつぶつと班長さんに向けた不満を呟く水着さんにこう投げ掛けていた。



「嫌いなんですか、班長さんのこと」



 それは本当に意味の無い、なんとなく投げかけた問いだった。

 水着さんはこちらを振り向かず。



「嫌いよ。利害が一致してるから同じ班として行動してるだけ」



 冷たく断言して、班長さんの消えていったトラックの外を睨む。


 彼女の言葉には明らかな嫌悪感や拒絶の意が込められていて、自分へ向けられたものではないのにナイフで刺されたかのような、胸の痛みを感じる。

 心のどこかでは否定して欲しかった。

 どうしてそんな事を考えながら、あっさりとした彼女の態度に一抹の寂しさを抱くおれに、マスさんは膝を曲げておれと目線を合わせ、謝罪する。



「ごめんな? うちの班、ちょっと色々あってギスギスしててよ…………まあ、でもホントはいいヤツなんだぜ? 班長も、ナガちゃんも」



 そう、半分笑いながらおれへ軽く頭を下げたマスさんは、次には困った顔で後頭部を掻くと「あー…………」と言葉を濁すと。



「まあ…………オレもたまに、班長についていけなくなる時があるけどな」

「マス! 仕方ないから私達であの吸血鬼の相手するわよ!」

「はいはーい! じゃ、気分悪くしたならアイツらの代わりに謝るから、嫌わないでくれよ? ――――じゃ、モリ! 安全運転任せたぜ!」



 最後におれの肩にとんっ、と手を置いたマスさんは運転席に声をかけると、先に両腕に纏った炎を翼の形にしてトラックの出入口で浮遊していた水着さんの方へ駆け足で向かって行った。

 飛ぶ、とおれの聞き間違いがなければそう言われていた水着さんは、両腕の翼で空を飛ぶらしい。

 ばさりと広げた炎の翼で外へ飛び出した水着さんの足首を、軽く床を蹴ったマスさんが掴み――――彼らはそのまま飛び去っていった。


 どこへ、か。

 その目的地はきっと、戦場だろう。

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