閑話 確認 ー異常事態ー
そこは司令室だった。
近未来的な電子モニターが並び、一時も絶えること無くあらゆるデータの記された圧縮ファイルが室内の端末間を行き来する。
各所で発生する電子音は水面下で戦う者達の奮闘を物語っている。
常に十数名以上の老若男女が在室している司令室では、休むことなく誰かが点滅を繰り返すモニター同様に忙しなく電子キーボードに指を踊らせ、回線を繋ぎ、本部の伝令を伝え、今も更新され続けている情報を分析しつづけていく。
情報分析と情報科学のプロフェッショナルである彼らが最も激務に追われる時間帯は昼から夕方においての数時間。
それ以外の時間帯は基本的に数名程度の少人数で、今日も通常通り日勤と交代した夜勤の者達が司令室のある建物外の環境に異常が無いか、眠気覚ましの飲料片手にモニターを確認していた。
そんな夜勤のメンバーが異常を捉えたのは、数分前だった。
数分後。緊急召集をかけられた司令室の最高責任者である若い男は、入室と同時に待ち構えていたとばかりに駆け寄ってきた白髪混じりの男から報告を受ける。
「艦長、異常事態です。関東地方KN県戦ヶ時区にてA型I周波が確認されました。未確認のものです」
「…………何だと?」
表情を険しくする、艦長と呼ばれた若い男。
そこへ帰るところを呼び戻された日勤の女性がデスクから声を張り上げ、司令室内に最新の分析データを報告する。
「未確認A型I周波のE-Rレベルは3と特定! 現存するSFホルダーのどの周波とも符合しません!」
「…………つまりどこぞの馬鹿による犯行ではないという事か」
「確実です! 彼は本日夕方六時半放送のアニメ、『マジック☆バスター倉敷ゴン左衛門日ノ本』をリアルタイムで視聴するため早々に帰宅しました!」
「なら良かっ…………いや良くない。分析急げ!」
「はい!」
艦長の指令を受けモニターと向かい合う女性。
大股で闊歩し、司令室の中央に位置する艦長椅子へ腰掛けた艦長は、自身のモニターに次々と送られてくる分析データに目を通す。
彼らの主な活動は主に朝から昼間にかけて行われる。活動に伴うリスクを低くするためだ。
よって夜に要塞とも言われるこの建物外に出るのは自殺行為に等しい行為であり、彼ら組織の中では忌避されている行いであった。
――――最も、組織の中には「新しい技を実戦形式で試したい!」という救いようのない馬鹿がいるため、時たまに要塞の外で暴れる者もいるのだが。
だが今回の異常事態はその馬鹿による犯行ではないと確定されている。
では、一体要塞の外では何が起きているのか。
遠距離型探査機の起動範囲外である今回異常が確認された土地では、彼らにそれを探る術はない。
現在彼らの組織では、特殊な周波を読み取るレーダー探知機を使い状況を探ることしか出来ない。その現状に艦長は歯痒さを覚えながら、分析されたデータに目を通し状況を把握していく。
異常事態の内容はこうだ。
今から五分程前、組織の保護領域外の地域で突然未確認の周波が確認された。
周波は間もなくして消失したが、同時にその地域で最大と記録されていた侵攻生物の反応が消滅した。
最も考えられやすいのは未確認の周波を持つ者が侵攻生物を撃退した、という可能性だが――――しかしそれは少々無理のある可能性だった。
というのも、確認されていた侵攻生物のレベル――――レーダーで組織が測定した侵攻生物の強さは六段階中真ん中に位置するレベル3だ。
通常ならば複数人で対抗するレベルの、侵攻生物。
だが組織で確認されたのは一人分の周波だ。それも組織の中で普通とされるレベルの。
訓練を受けた同レベルの戦闘員でさえ数名のチームを組みようやく倒せるというものを、単騎で撃破できるとはあまりに考えられない。
よって艦長は国外に存在する同組織の戦闘員が遠征にでもやって来たのだろうかと考え、分析班に国外の組織に所属する者達の周波と今回確認された周波が符合するか、確認を急がせたが――――
「ほ、報告します! 国外の組織所属隊員全員の周波との符合を試みましたが、全て不一致でした!」
「…………何?」
艦長の読みは外れた。
――――ならば、侵攻生物を退けただろう人物は一体何者なのだろうか。
厳格な表情で思考する艦長に、周波の不一致を報告した男性分析員が、おどおどと続ける。
「で、ですか…………“現存する”SFホルダー以外での周波一致を確認」
「…………どういうことだ?」
「そ、その…………」
歯切れの悪い男性分析員に怪訝な目を向けた艦長は次の瞬間、予想だにしなかった分析結果を突きつけられる。
「る、ルーマニアにて十五世紀に存在した人物との完全一致が確定されました…………!」
「――――十五世紀、だと?」
「資料、も、モニターに映します!」
ざわめく司令室の中央、艦長席の目の前にバッと表示されるとある人物のデータ。
それに目を通したことにより、嘘だろ、有り得ないなどという動揺が走るオペレーターや解析班に紛れて、艦長は呆然と呟いた。
「まさか――――こいつが蘇ったとでも言うのか…………?」
「そんな…………死者が生き返るなんて!」
「だが分析データは確かにこの人物を示している!」
「死から蘇るSFか…………?」
「可能性は無いとは言いきれない…………!」
口々に騒ぎ立てる司令室に、戦慄が走る。
誰もが分析結果に現れた人物に畏怖の念を抱き、まさかと困惑し、真実の解析を急いだ。
収まらないざわめきの中、艦長席に背を預ける艦長は頭痛を覚えながら、言いようのない不安と一抹の期待をぽつりと零し、頭を抱える。
「これは…………ヘタをすれば日本に、血の雨が降るぞ…………!」




