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『我が子おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――――――ううッッッ!!!!!!』
「ぬおうっ!?」
またもや足音もなく傍らに現れたおじ様に驚くおれは、ばくばくと鼓動の速まった心臓を落ち着かせながら振り向いた。
ぼろぼろと泣いているおじ様と目が合い、「うわ」と小声で言ってしまう。
仕方ないじゃないか。
いい歳した大人が顔からありとあらゆる液体を流していたら、誰もがおれと同じ反応をするだろう。
少なくともおれは鼻水やら涙やらでぐしゃぐしゃになったおじ様顔を見て、少し引いた。
ハリウッド系のイケメンが大泣きしていて、逆に引かない人などいるのだろうか。逆に。
「…………あの」
しゃくりを上げて泣いているおじ様にどう対処していいか分からず、とりあえずまたハンカチを渡そうかと考えながら「大丈夫ですか?」と声を掛けようとしたおれは、その前に血塗れの手で触ったらハンカチ汚れるよなと自分の手を見ておろおろしていると。
『この…………っ、馬鹿者がぁ!!』
おじ様に怒られた。
えっ、と固まるおれの目の前で、涙と鼻水を流しっぱなしのおじ様真っ赤になった顔で腕を上げると、平手を作っておれの頭に振り下ろす。
――――すかっ、と。
勢い良く振り下ろされた彼の手はおれの体を通過したけれど、おじ様は構わずおれへ平手を振り下ろし続ける。
……………………うん。おじ様。
そりゃあ何も言わずにビルから飛び出したおれに怒っているのも分からなくないが、ちょっと待て。
ちょっと、待て。
『お前はっ! 何故いつも己の命を無下に投げ出す!? 何故その命を貴ばん!? またっ、今回も無茶してっ、我が、ぐすっ、どんな気持ちでいたと思うかっ!!!』
「あ、えとっ…………その、あー…………」
『我は…………我はっ、お前が万が一死んでしまったら…………っ! どうして、いればいいのか…………!!』
「…………あの…………あのですね、おじ様」
『我は、我はお前には幸福であって欲しいと願っておるというのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!』
「すいませんおじ様。勝手に飛び出したこと全面的におれが悪いです謝ります。でもその前にちょっと話し聞いてくれません?」
壮年の男性に号泣されたら流石に罪悪感で心が痛むおれは、おじ様を宥めながら自分の非を認める。
せめて今回の様な無茶をする時には一声かけること。そんな無茶な約束をこじつけられながらどうにかおじ様を落ち着かせることに成功したおれは、包装に少しだけ返り血がついたポケットティッシュをおじ様に手渡して、出逢った時からずっと疑問に思っていた事を問う。
「おじ様。貴方は一体何者ですか」
『ぬ?』
ちーん、とティッシュで鼻をかむおじ様に、おれは続ける。
「足音も無く突然現れたり、化け物と対等に戦えたり…………何より、貴方の手はおれの体をすり抜けた。のに、おれは貴方に触れられるしこうして物も渡せる。
貴方は一体、何者なんですか?」
『ぬう…………』
鼻をかんだティッシュペーパーを丁寧に折り畳んで唸るおじ様は考える素振りを見せると、すうっと、おれが持つポールへ手を伸ばす。
半分以上真っ赤に染まったポールは、おじ様の手に渡り、まるで初めからおじ様の所有物であったかのように彼の持つ雰囲気と同調する。
おれが持つと不良が金属バットを持つ感じになるのに、持ち手が違うとこうも高貴に見えたりするのか、と。
何度も戦場で使われたかの様な威厳を纏うポールに思っていると、おじ様はその手に収めたポールに視線を向け。
『我は――――何と形容すれば良いか。おそらく“亡霊”と呼ばれる類のものであろうな』
と、語り出した。
「…………亡霊?」
夏の特番や怪談話でしか聞いたことがないような意味は分かるがあまり馴染みの無い単語を思わず繰り返し唱えれば、『うぬ』と自分で納得するように頷いたおじ様は、くるりとバトン回しのようにポールを回す。
『こうして物体や怪物に触れられるが、人やそれ以外の生命には触れられぬ。空腹も感じなければ睡眠欲、性欲も感じられぬ、重みの無い体。おそらくこれは亡霊と呼ぶのが相応しいだろう』
「…………はあ。でも、なんで亡霊に…………?」
『それは知らぬ。我も討ち死にしたかと思えば、いつの間にかこうして意志を持ち存在し、気が付けばお前の傍にいた。原因は分からぬが、一度死んだ身である事は確かであるぞ』
にわかに信じ難い事を語るおじ様だが、確かに。
夜の訪れたオフィス街を明るく彩る街灯に照らされたおれの足元には、くっきりとした濃い影がアスファルトに刻まれているのに対して、おじ様の足元に本来存在しているはずの影は無い。
電灯の光によって影が地面に浮かび上がっているのはおれと、おじ様の持つポールの影だけだった。
彼が元々実体を持たない死者の影――――亡霊と呼ばれるものならば、そりゃあ影なんて出来るわけが無いだろう。
それに先程、おれに振り下ろされた平手は全ておれの体をすり抜けているのを目撃している。
――――どおりでおじ様がおれの傍に立っていた時、足音が無かったわけである。
実体がないのだから、足音なんて立つはずがないのだ。
公然と自分を亡霊だと断言したおじ様の言葉よって、これまでの不可解な現象に納得がいくおれは――――一方で。
「…………あれ。なら、なんでおれはおじ様に触れられるんだ?」
おじ様がポールやハンカチといった物体に触れられるのは、怪談話でよくあるポルターガイスト現象のようなものだと考えたとしても、だ。
どうしておじ様はおれには触れられないのに、おれはおじ様に触れられるのだろうか。
亡霊なのに握手をした時体温も感じたし、と化け物の返り血が固まり始めて少々不快感が生じ始めた手のひらに視線を落とせば、おじ様は『我が子よ』とおれに声をかける。
『「おじ様」は認められぬ。パパ父さんお父様お父さんパパン父上ダディファザー父様パードレお父ちゃんパーテルのどれかにせよ』
「あっ、ハイ」
反射的に頷いてしまったが、おれはよく分からないこだわりについて語ったおじ様は推測を並べる。
『おそらく「こちらの世界」に来た影響で我の亡霊としての概念が変化したのだろう。故にあの化け物や我の存在を認識しているお前に見え、聞こえ、触れられる状態となったのであろう。しかし我が亡霊である事は変えられぬ事実。よって我から“生きている”ものに触れる事は出来ぬのだろう』
回転させることでポールにこびり付いていた血糊を払ったおじ様は、試しにとおれの肩に手を置こうとするが、肩に接触すると同時に彼の手はおれの体をすり抜けた。
おれ自身にも、おじ様の手が体に触れている感覚は無い。
視覚では体の中におじ様の手が入っているのに何も感じないなんて奇妙な体験に、内心『乗っ取られたりしないだろうか』とドキドキしながら、新たに登場した単語を復唱する。
「『こちらの世界』?」
それはどういう事だろうか、という意を込めておじ様を見上げれば、彼は『うぬぅ……』とアゴに手をやると。
『一先ず、落ち着ける場所に移動せぬか? 長話になる故、身を清めてから順を追い話そうではないか』
「…………ぬん」
ご尤もな意見だった。
辺りはすっかり夜で、無人のオフィス街にある明かりは道路を照らす街灯と信号機のみ。
さらに目の前には血の海に沈む化け物の死体があり、忘れていたが生臭さもある。
ついでにおれも全身を返り血で汚れた状態であるため、明らかに対話するには不適切な環境・格好だった。
確かに、長話するにも落ち着けない状態だろう。
動くと固まった返り血がぱらぱらと剥がれ落ち、いい気分ではないおれはおじ様の提案に頷く。
まず、落ち着ける場所に移動しよう。
『またいつ怪物が現れるやも知れぬしな…………』
ぼそりと呟いたおじ様の独り言に一抹の不安を覚えながら、駅前の時計台の足元に放ったらかしにしている鞄を回収してから一時的に拠点としているコンビニマルMISEに戻ろうと、脳内で通行ルートを思索するおれは――――ところでと。
ふと。思い付いた妙案を、おじ様に投げかけた。
横たわる化け物を指差して。
「ところで、これって食べれると思う?」
『…………止めておいた方が良いと思うぞ、我は』
微妙な顔で首を横に振られたので、おれは化け物を食糧に使うことを諦めた。
――――成程。寄生虫のような見た目をしているから、味も寄生虫に似ているのかもしれない。
美味しくなさそうだ、とおじ様に話を振ったおれは、直後に言われた。
『いや、それ以前に怪物を食べるという発想に我は到らぬ』




