魔王の導く真っ暗闇
魔王が治める魔の国が存在する暗黒大陸には、海を渡るしか方法はない。
空を飛ぶという魔術もあるし、空を駆ける騎獣を使えば誰でもが海を渡ることは出来る。だが、暗黒大陸にそれで向かおうとするのは不可能に近かった。暗黒大陸の空には、数多くの魔獣が飛び交うのだ。その遭遇率は、海の上に船を走らせた場合からすると、数倍にもなる。
これは。魔王の差し金だった。
いや、正しく言えば、魔王のペットである大狼が支配している魔獣達の仕業だった。空を駆ける魔獣達も、何もずっと空に居られる訳ではない。休息は絶対に必要なもので、その為には大陸に降りなければならない。
大陸を必要とする、それは『大陸の化身』の支配を甘んじて受けるということだ。
その点、海に住まう魔獣達はそうではない。
陸地に上陸するモノの中には支配を受けているモノもいるが、海の魔獣は基本的に自由だった。暗黒大陸に渡ろうという船を襲うのも、襲わないのも彼らの自由。
人懐っこいモノなど、船を引っ張って協力してくれるモノまでいた。
ある日、そんな海の航路の中心に島が誕生した。
大きくもなく、小さくもない、島。
周囲を崖に囲まれているその島は、船で周囲を一周してみても上陸出来る場所を見つけることは出来なかった。その島の上には、青々とした木々の影の合間から人が造ったものと思われる巨大な建物があることが、船の上から見て取れた。
突然現れた島に、どうやって造ったかも分からない造りの建物。
暗黒大陸へ赴こうとする勇気ある人々の興味を大いに引きつけ、それを支援する国々の思惑を引きつけた。
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ある大国の命を受けて、その島にやっとの事で上陸した騎士は、驚くべき光景を目の当たりにした。
見たこともない建物の内部は、外観以上に見たこともないものだった。
そして、その内部に立ち並んでいる小部屋から顔を覗かせた人々の中には、騎士が率いてきた同僚や雇った傭兵などの面々が見覚えがあると驚く存在の姿があった。
魔王の手先である、頭の先から足のつま先まで黒ずくめで顔には仮面を付けて隠している異様な存在によって
、連れ去られてしまった貴族や商人、顔見知りの姿が其処にはあった。
彼らに話を聞けば、この島は魔王によって連れ去られた者達が強制的に働かされる場所だ、という。
魔王の側近の一人である、黒騎士が行動から何からを全て管理している、恐ろしい場所なのだと。
同じ服を着せられ疲れ果てた表情の人々は、騎士達に助けを求めた。
国に帰りたい、家に帰りたい。こんな酷い場所になど、もう居たくない。
彼らには考えられない質素な内容と量の食事も、自分の身体を使って働くという決められた行動も、入ったこともないような狭い部屋も、もう嫌だと彼らは泣き叫んだ。
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助けを求める人々を助ける為に、と騎士達は建物内を奔走した。
これだけの多くの人々を島から連れ出そうとするには、秘密裏には無理だと誰もが分かることだった。この島に常に居て、決められた行動を行わなかった者や逃げ出そうとする者に罰を与える、恐ろしき黒騎士と島中を監視し巡回しているその手下達を全て倒し、島の何処かに隠してあるという人々を運ぶ大きな船を奪い取らねばならなかった。
この島に連れて来られた人々は、魔王だと名乗る男と体面した後に目隠しをされ、この島に連れられてくる。それは、誰に聞いても同じだった。それなら、どうして大きな船だと言うのか。それは、移動の際に一切の揺れを感じなかったからだ、と皆が言った。騎士はその言葉に納得した。島の外は荒れ狂う海。小さな船では安全を保障出来ない、波に揺られることになる。あの波に揺られない船となれば、それはこの建物内に居る全ての人々を乗せることも出来るだろう、そう騎士は考えた。
そして、建物だけでなく島中を奔走した騎士達は、歩く骸骨や魔獣、様々な魔物を倒していった。
その途中で、透明な不思議なドームに囲われている場所で、騎士のような姿をした骸骨に見張られながら、毒花を摘み取るという危険な仕事をさせられている若い少女を見つけ、助け出すことも出来た。
その彼女の案内を得て、騎士達は島を支配する魔王の側近、黒騎士の下に辿り着いた。
少女は弟を探しているのだと言った。
魔王によって連れ去られた弟を助けたい。その思いだけで彼女は、戦いのプロである騎士達でさえもボロボロになって、ようやくの呈で辿り着いた島に自力で辿り着いたのだと。
けれど、辿り着いたというよりも流れ着いたと言う方が早かった彼女は、そのまま骸骨達によって囚われ、他の人々と同じように労働を行わされているのだと。
大丈夫だ、君も弟も俺達が助けてやる。
そう伝えれば、両手で顔を覆って、顔を伏せた少女は、肩を震わせて涙声で喜んだ。ありがとう、という感謝の言葉が騎士達の心に染み込み、やる気が漲ってきた。
「ありがとうございます。私は、アキと言います。弟の名前はヒロ。どうか、お願いします。あの子の無事な姿を見たいのです。」
そして、対峙した黒騎士。
「侵入者、しかも収容所への侵入とは罪深いな。」
建物の最上階、絢爛豪華に彩られている、建物の他の部屋とは大きく違う内装の広間に、黒騎士は居た。
黒い騎士服に黒いマントをはためかせ、足下から漆黒に包まれているその姿。髪の色まで艶のある黒という、まさに黒騎士は、そこに居るだけで圧倒的な存在感と強い力を放っていた。顔面を覆いつくす白の仮面だけが、彼に唯一ある黒以外の色だった。
アキも、居場所は知って居ても、対面するのは初めてだと怯えた表情を見せて、震えていた。
そんな少女を背に庇い、騎士達は黒騎士に向かい、剣を抜いた。
黒騎士は強かった。
魔王の側近、という言葉に嘘偽りの無い純粋な強さがあった。
負った怪我を瞬時に治してしまうところを見れば、魔術も扱えるのだろう。だが、魔術を一切使う事なく、黒騎士は不可思議な形の剣を両手に持ち、それを舞うようにして強力な攻撃を騎士達に浴びせた。
戦いは長く続いた。
一向に疲れを見せない黒騎士に対して、息も荒れ身体に力が入らないなど、疲れ果てた騎士達。
槍を獲物とする傭兵の、疲れに狂った動きによって繰り出された攻撃が、普通の攻撃は易々と避けてしまう黒騎士の仮面を吹き飛ばしたのは、奇跡でしかない。
「ヒロ!!!!?」
攻撃が当たった、という小さな喜びに包まれた騎士達の心を、後方で怯えながら立ち惚けていたアキの声によって打ち砕いた。
「な、なんで!?どうして、貴方が黒騎士…、そ、そんな…」
混乱するアキの声は、騎士達にも混乱をもたらした。
だが、黒騎士だけは露になった幼さも残す顔に、一つの乱れも見せることなく姉であるアキに向けて剣戟を放とうとした。
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「いや、いや、ヒロ!」
アキの嘆く声が響く。
黒騎士を何とか倒すことは出来た。
出来たが、このやるせない気持ちは何だろう、と騎士達は思い悩む。
助けてやる、という言葉を守れなかった。
「すまない。」
騎士がそう言うと、涙をボロボロと流すアキは首を大きく横に振った。
「いいえ。騎士様達が謝ることではないんです。だって、ヒロは魔王の手下になってしまった…倒されても仕方ないんです。」
そう言う顔は、悲痛そのもの。
「行って下さい。船を…船を捜さなくてはいけないんでしょ?」
アキのその言葉の通り、管理する者が居なくなった人々が船は何処だ、と騒いでいる。早く帰るぞ、と大声で暴れるようにはしゃいでいる。
「…ヒロと、最期のお別れをしたいんです。」
「分かった。」
何かあったら呼べ、と言い騎士達はアキとヒロを置いて、その場を去っていった。
広い空間に、一人の少女と少年が残された。
「……もう起きてもいいの?」
「いいわよ。戻ってきても入れないようにしたから。」
ヒロは生きていた。
騎士達が倒せた、と安堵している横で死んだフリをしながら、じっと彼らが立ち去る時を待っていたのだ。
魔の国がある暗黒大陸内であれば、ヒロを殺すことなど誰にも出来ない。ヒロだけでなく、『魔王』である彰子も、彰子がそう命じれば国民達も。寿命はどうすることも出来ないが、簡単な病気や怪我なら、『大陸の化身』が大地の力を注ぎ込むことで治療してしまうのだ。
壮大な回復魔術…。魔の国の住民となった魔術師が、引き攣った笑いを浮かべながらそう言った。そもそもの原因はそいつだった。『大陸の化身』、つまり大地そのものに地属性の魔術を覚えさせたらどうなるのだろうか、という魔術師の危うい好奇心があった。
その目論見は大成功だった。
異世界の常識に囚われない彰子やヒロでさえドン引きするような、大成功だったのだ。
「船なんて無いのに、どうするんだろう。」
「さぁ、大きな船があるなんて言ってないのに、勘違いする方が悪いんじゃないかしら?」
そう、大きな船なんて存在していないのだ。
揺れが無かった、というのは当たり前だ。暗黒大陸とこの島を結ぶ唯一の移動手段は、海底を通る地下道なのだから。"動く歩道"状態になっているその地下道は、立っているだけで島に到着するという、ヒロが言うにはロマンも欠片もない代物。揺れは無い。
「にしても、この小芝居って本当に必要?」
「…だって、魔王の顔を隠した側近は実は…、って必要な設定じゃない。勇者なら、ちゃんと側近を殺さずに倒して正気を取り戻させ、めでたしめでたしの状態にするのが正解。正解したら、地下道の存在が明らかになる。」
勇者の敵として倒されるのが役目である『魔王』。
『魔王』を倒すという状況らしい舞台をちゃんと整えてあげないと。
それが、彰子の『魔王道』だった。
バイトなのに、支店長レベルの仕事を与えられたヒロ。
配属直後は、ブラック!!と叫んだ筈です。
次回、あるとすれば…
「魔王城の侵入者」
「魔王の遣いのお仕事」
「魔王の国の子供達」
などを更新したいと思います。
何時になるか分かりませんが、その際には読んで頂ければと思います。