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カカオにシュガーを  作者: hi-ra
中学生編
22/52

22 saide:hiiragi・siki


 次の日柊が学校に来ると、色はすでに自分のフルートの音だしを始めていた。

 色の奏でる音は、どこか繊細で優しい。

でも今日はいつもより、音に不安があった。その理由を、柊は知っている。柊だけじゃない、誠も、麗も、翔も……。けれどここで心を許してしまってはいけない気がした。下手に色に優しくする事など、柊には出来ない。それは何よりも、色を傷つける事になると、わかっていたから。

柊はそんな色に近づくと、自分もトランペットを吹くそぶりを見せながら、重い口を開いた。

「……色」

 優しいフルートの音は、鳴りやまない。

「――私、麗君と付き合う事になった」

 と、そこで音が止まった。

「……柊ちゃん、麗先輩の事が好きだったの?」

「うん……。私もね、昨日気付いたの。でも、もっと早く気づくべきだったんだ。……だって、心はあんなにも、麗君を求めてた」

「……求めてたって……」

「麗君に抱きしめられた時、私は心底ほっとしたんだ。この人の傍に居ていいんだって、嬉しくなった」

「でもそれって、恋じゃないよね?」

「ううん、恋なの。だって、同時に麗君がいなくなるのが凄く怖くなったんだ。この人が自分のそばを離れてしまったら、私は生きてられないってくらい、怖かった……。初めて、麗君に泣きながらすがりついちゃった……」

 柊は少し呆れたような、照れくさそうな顔で笑う。

「私はあの人が好きなの。色が青柳君を思うようなのとは違うけど、それでも私はこれが恋だって自信を持って言えるわ。気の迷いでも何でもない。私自身が麗君を求めてるのよ」

 さっきとは違い柊は自信に満ちた目で色を見つめる。

 その瞳を、色も真剣に読み取ろうとしているのか、目をそらさずに見つめ返してきた。

「……わかった」

「――え?」

「わかったよ、認める。柊ちゃんは、間違いなく麗先輩を好きなんだね。だって、目がそう言ってる」

「……め?」

「そう。柊ちゃんの目に、また力が戻ってる。昨日みたいな悲しみや憐れみでも何でもない、ただ自分の欲望に忠実な眼をしてるよ」

「……欲望って……」

 と、柊は顔を真っ赤にして後ずさる。

「今さら照れても仕方ないよ?どうせする事はしたんでしょ?」

「す、することって――!」

 柊はもっと顔を真っ赤にして落ち着かなさそうに手をワタワタと動かしている。

「キスとか?」

 色は何でも無さそうにそう言って柊の顔をのぞきこむ。

「……う、うん……」

「麗先輩は手が早いよねぇ……」

「そ、そうなの?」

「うん。誠君は、今だにしてくれないよ?」

 それは別の意味があるのではないかと、柊は言いたくてしょうがなかったけれど、ぐっとこらえて我慢した。

「取りあえず、柊は今、幸せなんだよね」

「……うん」

「さっきの自信に満ちた柊ちゃんは、何処に行ったの?」

「色が平気で大胆な事言うからだよ!」

「大胆って、今どきの中学生なら普通だよ」

 と、色は笑っている。

 そんな色を見て、柊は少しほっとした。

 色は、やっぱり笑ってるほうがいい……。

 柊は思わず色に飛びついて抱きしめた。

「柊ちゃん?どうしたの?」

「……何でも無いよ」

 二人はじゃれあうようにして笑い合う。

「色も、頑張って。……やっぱり納得はできないけど、色が楽しそうに笑ってる姿を見ていたいのは、本当だから」

「……うん」

 はにかむように、笑い合う。そんな日々がこの先ずっと続けばいいと、柊は心の奥深くで願っていた――。



 「柊ちゃん、麗先輩と付き合い始めたんだって……」

 なんだか複雑な心境で、色は誠につげた。

 二人はいつもどおり、一緒に下校している。あれだけ険悪な雰囲気で別れたものの、次の日にはそんなことはなかったかのように誠は普通に色に話しかけてきた。

「……そう」

「うん。柊ちゃん、すごく嬉しそうだった。麗先輩ならきっと、柊ちゃんを悲しませたりしないんだろうね」

「……あぁ」

「絶対に、すごく大切にしてくれるはずだよ」

「……伊吹も、それに必死に答えようと及川先輩を大切にするんだろうな」

「うん。……誠君はそれでいいの?」

「……何が?」

「だって、柊ちゃん、麗先輩を選んだんだよ?悔しかったりしないの?」

「……めちゃくちゃ悔しいに決まってんだろ」

 誠は半ば諦めて、本音を漏らしている。

「ほんとは俺があいつの一番近くにいたかった。俺が、あいつを守ってやりたかった」

「じゃあどうして私と付き合ったりしたの?」

「それをお前が言うのか?」

「……どうして?」

 色は急に不安になってきた。

「……伊吹が好きなのは、及川先輩なんじゃないかって、だいぶ前から思ってたんだ。一緒に帰ることも多かったし、何より俺が見たこともないような顔をして先輩の隣にいる伊吹を見て、つらかった。俺はお前を逃げ場にしたんだよ。好きじゃなくてもいいって言うお前に、甘えたんだ。……それなのに、俺はお前に何も返してやれない」

「……何もいらないよ」

 色は泣きそうな顔で誠を見つめる。

 昨日とはまるで違う、女の顔をしていた。

「何もいらないから、私のそばにいて……。私だって、本気で誠君が好きなの」

「……日向」

「色だよ」

「――え?」

 色は泣きそうな顔を無理やり笑顔に変えて、誠に詰め寄った。

「知ってた?私たち、もう付き合い始めて半年以上たつんだよ?」

「……あぁ」

 誠はそれでも浮かなさそうに色を見つめ続けている。無理やりに笑った色のその顔が、誠の心に突き刺さっているのだ。

「呼んで、色って」

 誠は何も答えない。

「……呼んで」

 と、色はそっと誠の頬に手を添えた。

「……色」

「……もう一回」

「……色」

 誠のその声が心地いいのか、色はそっと目を閉じる。

「……もう一回だけ……」

「色――」

 と、誠はそんな色が愛しくなって、思わず抱きしめた。

「……誠君?」

「今はここまでしかできない」

「……うん」

「でも、絶対に色を好きになるから」

「……うん」

「待っててくれるか?」

「……うん」

 色は胸がいっぱいで、それしか言えなかった。言葉は、口にしようとするたびに、胸につまって声にならない。

「待ってる……」

 やっと言えた色のその一言に、誠はもっと力を込めて色を抱きしめた。

 それは、誠の思いが痛いほど伝わってくる抱擁だった――。


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