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カカオにシュガーを  作者: hi-ra
中学生編
21/52

21 saide:makoto・siki・kakeru


 「……どうして来たんだ?」

 誠はいかにも不機嫌そうにそう言って色を睨んだ。

「柊ちゃんが朝おかしかったから、何かあるんじゃないかって」

「けしかけたのはお前だろ?」

「誠!」

 翔は誠の言葉に驚き、思わず肩に掴みかかっていた。けれど誠は少しも動じずにじっと色を睨み続けている。

「何言ってるんだよ、お前。色ちゃんだって今の事にショックを受けてんだぞ?」

 翔のその言葉も届かず、誠はただ黙ったまま、目線を反らすことしない。

 今にも暴れ出しそうな自分を必死にその場に押さえつけているようだった。

「……どうしてそう思うの?」

 色は淡く笑んで誠を見つめる。

「あいつは何で俺とお前が付き合ってるのかって、聞いてきた。お前、あいつに何か言ったんじゃねぇの?」

「……うん。でも、私はただ柊ちゃんにありがとうって伝えたかっただけなんだよ?」

「それならそれで済む話だろ!何で俺らの事をわざわざ話す必要があるんだよ!」

「どうして私が誠君の事を話したってわかるの……?」

「お前の事だ。あいつから来たメールを俺と一緒に見たとでも言ったんだろ?それとも、一緒に居てもお前の話を俺が聞いてくれないって、愚痴ったのか?」

 誠は腰に片手をあてると、色から目を反らして呆れたように大きくため息をついた。

 すると、それを見た色はつたなく笑った。

「……そこまでわかっちゃうんだ」

「半年も一緒に居たからな。何を考えて行動してんのかぐらいは分かるようになった」

「半年……」

 色はそう呟いてうなずくと、今度は儚げに笑った。

「まさかあんなに柊ちゃんが怒るとは思ってなかったんだよ……?でも、誠君が嘘つくから……」

「嘘……?」

 そう聞き返したのは、今まで黙って二人を見物するしかなかった翔だった。

「嘘って……俺が?」

 誠もかけると同じように目を見開いたまま色を見つめる。

「うん」

 色はまだ笑っている。自分の行き場のない思いを、必死に隠しているように――。

「何だよ、それ……」

「誠君は、今でもまだ柊ちゃんを好きなんだね……」

 色のその言葉に、誠は固まった。

 心の奥深くに仕舞い込もうと何度も試みて、挫折した思い。柊への、熱い執着。そして、初めて誠に向けてくれた、あの時のまぶしいくらいの笑顔。

 それらがすべて、一気に誠の中に流れ込んでくる。

「……日向は、誠が伊吹の事を好きだって気づいてたのか?それなのに、それを承知で付き合ってたのか?」

 翔は思わず口をはさんでいた。いや、はさまずにはいられなかったのだ。

 翔の隣では未だ、誠が固まったまま微動だにしない。

 いや、動く事すら億劫だったのだ。自分の考えていることが、色にまるわかりであったことにも驚いたが、自分の心の奥底には、やはり柊がいることを今の一言で思い知らされたからだ。

皮肉なことに、周りにはまるわかりのこの心を、柊が全く理解していないと言う事だ。




「うん。誠君は全然教えてくれなかったけど、わかるんだ。だって、好きな人の事だから。嫌でも、わかっちゃう……」

 色は目を細めたまま小首をかしげて微笑んだ。

「わかってたから……」

 急に言葉を詰まらせた色は、俯いて話し続ける。

「わかってたから、柊ちゃんを誠君にけしかけたの……」

 それは、色が初めて口にした、誠への嘘。

 それを、色は顔を上げ、真っ直ぐに誠を睨み返しながら言った。

 色は本当に、あの時誠が自分の話を聞いてくれた事が嬉しかったのだ。

 ただ、それだけだった。

 それなのに、まさか自分が言った言葉に柊が違う意味で食いついてくるとは思っても見なかったのだ。

 ただ、伝えたかっただけなのに……自分は今、本当に幸せなんだと。

 それなのに、歯車は上手くかみ合わずにガラクタのように壊れていく……。

 色は、どうせ壊れるのなら、自分の手で壊したかったのだ。自分で作った不格好な付き合いだったからこそ……。

「別れたいのか……?」

 色はまだ誠の事を睨むようにして見ている。

 早く今のこの状態に終わりを告げたかった。誠の傍に居るという生殺しの状態が、一番キツいと気づいたから。

「……そうだと言ったら?」

「どういう意味だ――?」

 誠は、色の言いたいことがまったく理解できなかった。

「誠君こそ、私なんかと一緒にはいたくないんじゃないでしょう?」

 なかなか自分を振ってくれない誠に、色は少しいらだった。

「……今更。俺はお前に付き合うって言ったろ。逃がすかよ。……俺はお前を思う存分、利用させてもらうつもりだからな」

 誠はそう言って冷たく笑うと、色に背を向けてそのまま校舎のほうへと歩き出した。

 その背中はとても寂しく、切ないものに見えた。きっと、そう見えたのは色だけではないだろう。




「……あいつの何処がいいんだ?」

 翔は誠の後姿を見送りながら聞いた。

 色の方はというと、少し悔しく思いながらもその背中を見送っているようだった。

「……自分で自分を傷つけてる所……かな」

 翔のほうを振り返ると、色はまたも淋しそうに笑った。

「それと、柊ちゃんを見つめ続けてる姿が、凄く切なくて、どうしようもなく愛しさがこみあげて来たの。あんなふうに私も見てもらいたかった……」

「諦めるのか?」

「できるなら、とっくにそうしてるよ。出来ないから、苦しいの。柊ちゃんの気持ちこそ、私にはわからないんだ……。何を考えているんだろう?ずっと一緒に居るのに、掴みにくいの。柊ちゃんに好きな人が出来たら、また何か変わるのかなぁ……」

「……あぁ。そうかもな」

 翔は依然として高く広がる空を意味もなく見上げた。

「お前は、もし伊吹に好きなやつができたらどうするんだ?」

「応援するよ」

 色は真剣な表情で返してくる。

「柊ちゃんを嫌う人なんて、翔君ぐらいだもん」

 今度は面白そうに、色は笑う。でも、やっぱりどこか淋しそうだった。

「何でそんな顔をするんだ?」

 そう言う翔のほうが、どこか悲しげだ。

「翔君こそ、どうしてそんなに気にするの?私たちの事なんか、ほっとけばいいのに……」

「……あぁ、そうだよな……」

 翔は俯く。そしてその両の手を握りしめていた。

 自分の不甲斐なさが、こんなときに身にしみてわかる。親友であるはずの誠の心が、自分には全く分からなかった。

「……翔君は、優しいね」

「え……?」

「私の事が好きだったって、本当?」

「……あぁ」

「今は?」

「え――?」

 翔はぽかんと色を見つめる。

 今……?考えた事も無かった。そう言えば、もう日向と誠が二人でいる姿を見ても、何も感じない。確かに二人が傷つけ合っている事には腹がたったけど、それは……恋じゃない。友人としてなんだ。

「翔君は、今、他に好きな人がいるんじゃない?」

「……何でそう思うんだ?」

「だって、私じゃない人を見ていなきゃ、こんな話し聞いて自分の好きな人が傷ついている姿見たら、冷静でいられないよ。……きっと、とても優しい人なんだろうね、その人……」

 色は少し羨ましそうな顔で翔を見つめる。

 けれど翔は、ただ戸惑うばかりだった。

「……俺にもわからねぇんだよ。だって、俺は今自分で自分が誰を好きなのか、知らねんだから……」

「大丈夫だよ、翔君なら。きっと、その人が翔君を見付けてくれるから」

 色はそう言って笑うと、その場を楽しそうに立ち去った。

 残された翔だけが、中庭の草原に横たわる。

「……広いなぁ……」

 と、大の字になる。中学二年にしては、翔は体格のいいほうだった。そこら辺の男に喧嘩で負けるほどヤワではないはずだ。まぁ、何よりもゴタゴタを嫌う翔が喧嘩をした事など無いが。そんな男が大の字になって寝そべると、迫力があるというもの。

 そんな翔に広いと言わせしめるもの。それは、翔が先ほどから見上げていた空だった。ふと見上げるたび、何もかも見透かしたように、悠然とそこにある。

 この空の下のどこかに、俺の好きな人がいる……?

 翔は姿なき自分の好きな人を思い浮かべた。

 ……でも……。

「俺は間違いなく、キミが好きだったよ、日向」

 本当は誠の事、少し羨ましかったんだ。自分を傷つけてまで愛してくれる人を、愛したかった。俺はそれが欲しかったんだ。出来る事なら、俺が守ってやりたかった。……でも、もう無理だ。キミが求めている人も、俺が求めている人も、まったく違うから。

「さよなら……」

 俺の初恋……。

 翔は空に向かって、手を仰いだ。

 その時、不意に予鈴の鐘が鳴った。

「やべっ!」

 翔は慌てて起きあがると、教室へと走る。

 その頃の他のメンバーも、それぞれ、思いを抱えたまま、走り出していた。

 愛しさ、嬉しさ、期待、希望、喜び、不安、悲しみ、苦しみ、絶望、憎悪……。それぞれの未来へ、 一歩ずつ、進んでいく。

 それぞれの立場で……。

 それぞれの歩幅で……。



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