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最後少しだけ翔視点です…
「柊ちゃん、メールありがとう」
休み明け、柊が昇降口で靴を履き替えていると後ろから色が声をかけて来た。
学年が変わって、柊は色と翔と同じクラスになった。明は、雄太と同じクラスだ。誠は一人、別のクラスにいる。柊は初めて明とクラスが離れたせいで、最初はなじめそうにないと思っていたけれど、色がいたおかげでそんな心配は無くなっていた。柊は、何の問題も無く今のクラスに溶け込んでいる。
「え……?」
「私、柊ちゃんがメールくれた時、誠君と一緒にいたんだ」
「……そうなんだ」
柊は内心複雑な思いで笑った。
自分はきちんと笑えているんだろうか?変な顔していないだろうか?
そんな不安事ばかりが頭に浮かんでしまう。
「うん。だから、二人で一緒にメールのこと話しての。誠君、柊ちゃんからのメールだって言った瞬間、私の話し聞いてくれるようになったんだよ」
色のその一言に、柊は思わず眉を寄せた。
「……どういうこと?話を聞いてくれたって、それまで聞いてくれてなかったの?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど。私の話、つまらなそうに聞いてたから……。やっぱり、二人で共通の話題があると話もしやすいみたい。久しぶりに誠君が笑ってくれたんだよ」
色はうれしそうにそう話している。けれど柊にはどうしても納得できなかった。
どういうこと?つまらないって……。久しぶりに笑ってくれた?二人は好き合ってるはずなのよね?なのに、どうして青柳君は色をほっとくの?一緒にいても色の話を聞いてないんじゃ、居ないのと一緒じゃない!
「……柊ちゃん?」
「ごめん色、私ちょっと急用思い出しちゃった。先に教室行っててくれる?」
「……うん」
色は少し不安げにそう言って教室へと向かった。その後姿を見送ると、柊はまた靴に履き替えて、足早にグラウンドへと向かっていった。
グラウンドの端をずんずんと歩いていると、片づけをしている麗を見つけ、大きな声で呼んだ。
「麗君!」
すると麗はびっくりしてすぐに柊のもとへと走って来てくれた。
「柊?どうしたの、そんな大きな声出して。珍しいね……」
「麗君、青柳君まだいる?」
「青柳?部室に居ると思うけど……どうかしたの?」
「ちょっと聞きたい事があるの」
「……それって、色ちゃんの事?」
「うん」
「……分かった」
と、麗は部室のほうへと走って行くと、誠を連れてすぐに戻って来た。
すぐに戻って来た割には、二人ともすでに着替え終わって学生服に身を包んでいた。
「……何だよ」
誠は不機嫌そうな顔をして柊を見てくる。
「……色と、付き合ってるのよね?」
「あぁ。それがどうかしたのか?」
「……青柳君は、どうして色と付き合ってるの?」
「その話、今しねぇといけないのか?もうすぐホームルーム始まるんだけど」
「話をそらさないで」
柊はとても静かな声でそう言った。その表情は、冷たさを増して力強く誠を睨み返している。
「……どうして麗先輩までいるんだ?」
けれども誠も柊に負けていない。同じく強い眼差しで睨み返してくる。
「麗君はいいの。何もかも知ってるし、私の考えている事はわかってるもの」
「柊が何でこんなにも怒ってるのかは、知らないけどね。朝のうちに何かあったってことはわかるよ」
麗は隣で涼しげな表情で笑っている。
「で、どうなの?」
「……昼休み、中庭に来いよ。話はそれからだ。今は話さねぇ」
「どうしてよ!」
「お前が今にも暴れそうだからだよ。お前、いったん切れたら手に負えないタイプだからな。その性格、小学校の時から変わってねぇ……」
それだけ言い残して誠はさっさとその場を立ち去ってしまった。
その後ろ姿を、柊はぽかんとした表情で見送ってしまう。
「……何なのなのよ!」
はっと気づいたときにはもう既に姿はなく、思わずそう叫んでいた。
「柊、青柳の言ってる事にも一理あるよ。このまま話しても授業に遅れちゃうだろうし、まずは落ち着かないと」
麗は優しく柊の肩を支えながら宥める。
「……うん」
柊は麗のその腕に寄りかかるようにして、校舎の中へと入って行った。
その光景を、翔は黙って見ていた。
「……誠?」
翔には何が何だかさっぱりわからなかった。柊が怒っている理由も、その場にいたのが誠と麗だという不可思議な人選も、翔の中では何もかもが、上手くかみ合わなかった。
どうしてあの三人が一緒に居たんだ?
翔は、気になってすぐに、誠のもとへと走っていた。
「誠!」
「……翔?」
「お前どうしたんだよ。何で麗先輩と伊吹と一緒に居たんだ?」
「……色の事で、話があるって呼び出されたんだよ」
「色ちゃんの事で……?お前何したんだ?」
と、今度は翔が険しい表情になった。
「……何もしてねぇよ」
誠はうんざりといったようにため息をついている。
「何もしてないのに伊吹はあんなに怒ってたのか?」
「何もしてないからこそ、怒ってたんだろ」
「……どう言う事だ?」
翔がそう尋ねると、誠は黙り込んでしまった。何だか思いつめたような顔をして、窓の外をじっと見ている。
「……誠、今日の昼休み、中庭で伊吹と話すんだろ?俺もいていいか?」
「何でだよ」
と、誠は少し不満そうな声をあげる。
「お前は忘れたんだろうけど、俺は日向の事が好きだったんだぜ?それをお前に取られたんだから。その日向を大事にしてないってんなら、俺にも怒る理由はある」
誠は何も言い返せなかった。翔の心を知っていたからこそ、反論できないのだ。
「でも、大半はお前を守るためだな。確かに日向の事となったらお前と反発するかもしれないが、伊吹には麗先輩がついてるしな。それに、お前が伊吹に勝てるはずが無いから」
「……何でだよ」
「好きだったんだろ?」
「……それ、前にも聞いた」
「あぁ。でも、あの時も今も、お前の答えをもらってない」
翔は真剣な表情で誠を見つめる。すると、誠はバツが悪そうに翔から目を反らした。
「お前の本心を知りたいんだよ。多分、伊吹もそうなんじゃないのか?」
「……あぁ。そうだと思う」
「お前は今の伊吹の態度に、少しでも傷ついているのか?」
「……あぁ」
「……そうか」
「俺は、今でもあいつを忘れられないんだ」
ぽつりと、吐息のようにこぼれた誠の一言に、翔は苦笑した。
他に、どんな反応も見せられなかった。
「……やっと素直になったな」
「――心は、ずっと素直だったんだけどな」
誠は降参したとでもいうような顔をして笑った。
「あぁ。そうだな」
「……昼休み、一緒に居てくれるか?」
「……あぁ」
「サンキュ……」
誠がそう呟くと、翔は軽く誠の腕を拳で叩いた。
そして、二人はそれぞれの教室へと入って行った。
日はまだ上ったばかりで、太陽が明るく輝いている。それぞれの心の中とはまるで正反対の、晴れ晴れとした青空だった。




