18 side:siki
「あ……」
色は自分の携帯を見ながらそう呟いていた。
目の前には店の窓から外を眺めながら、コーラをちびちびと飲む誠がいる。
色のほうを見ようとは一切しない。
外は過ごしやすい寒さになってきていた。柊たちの住んでいる所は住宅街で、近所のお母さんたちのたまり場の為に、所々に喫茶店とスーパーがある。
通りは広くもなく、狭くもない。そんな中を、春風がすがすがしく吹き通る。その風に乗って、春休みが終わったばかりの小学生たちが久しぶりに会った友達と一緒に駆けまわっていた。
そんな光景を何の表情も無く、誠はただじっと見ている。
誠たちのいる喫茶店は、たまに柊と麗もふたりで来ているところだった。もちろん、明も来ている。
その店のマスターは、小学校のころからの、柊と色、明の数少ない大人の友達だった。
嬉しい時も、悲しい時も、マスターは三人の話を聞いてくれた。ただ、聞いているだけだったけれど、それが三人の心を優しく包み込んでくれたのだ。子ども扱いされないという事が、それだけで嬉しいということもあるからとも言える。
お金もないのに来ては話しこむ三人を、マスターは微笑みながら見守ってくれていたのだ。
その日、色はいつも通り、誠と共に休日デートにその喫茶店へと来ていた。
別に何をするわけでもないが、ただ会って話をする。そんな程度だった。そしてそれが、二人の時間の過ごし方でもあった。
「柊ちゃんからメール来てた……」
今まで色の話を聞いているのかいないのかわからなかった誠が、初めて顔を色のほうへと向けた。
「……伊吹?」
柊は、さっそく色に連絡を取ってみたのだ。けれどやっぱり会って話す勇気はなかったので、メールにしたためていた。
今、色がどんな気持ちでいるのかが、自分にはわからないと、わかりたいから、何かあれば相談にのると……。話したくなければそれで良いから、せめて、色が泣いているときに、周りに誰もいないような事にはなってほしくないという事を……。
色は、そのメールを見て少し、ほっとしたように息をついた。そして、
「……私の話には何の反応もないのに、柊ちゃんの事となると素早いんだね」
と、淋しくなって肩をすくめてしまった。。
誠は何も言い返してこなかった。ただ、目を見開いて目の前に座っている色を見つめてくる。
「凄い長文で来たんだ……」
「……何て?」
「柊ちゃん、私たちの間の微妙な空気に気づいてたみたい。何かあったのかって、心配してる」
携帯を握りしめながら色は表情を歪ませて笑った。
「……あいつ、麗先輩と付き合ってんのか?」
二人の事が気になっていたのか、そわそわしながら聞いてくる誠を見て、色は思わず噴き出しそうになった。
「……ううん。でも、時間の問題かもしれない。柊ちゃんこの前、見た事も無いような優しい顔をして麗先輩の事見てたから……」
「……そうか」
「誠君は、それでいいの?」
「え……?」
色は開いていた携帯を閉じると、ジッと、誠を見つめた。
「……何の事だよ」
「私をフッたのは、好きな人がいるからでしょう?それって、柊ちゃんじゃないかなって思ってたんだ」
そう、色はあの日、はっきりと誠にフラれたのだ。それでも色は諦める事が出来ずに、誠に無理を承知で試しに付き合ってみることを言い含めた。
誰にも誠を奪われたくなかったのだ。
それが柊であれば、尚更自分を抑えられなくなりそうだった。
例え親友であっても、何もなく普通に過ごすなんて器用なことはできなかっただろう。
そんな確信があった。
「……関係ないだろ、今更。俺はお前と付き合ってんだから」
「そうなのかなぁ……」
色はそう言うと自分の前に置いてあったマスター特製のアイスカフェオレを両手で包み込んでゆっくり飲んだ。
誠は思わずその仕草に見惚れた。
色は、普段から人を惹きつけるような動作をする。それは、思わず同姓までもが息を飲むような動きだ。
それは、誠も例外ではない。
「……誠君?」
「え――?」
ぼうっとしていた誠を不審に思い、色は思わず声をかけてしまっていた。
「あ……」
「どうかしたの……?」
心配しながらも下から誠を上目づかいで覗き込む。
「……計算高い女だって、言われたことないか?」
誠はそんな色を見て少し目を細めて眉間にしわを寄せ、呟く。
「……それが彼女に言うセリフ?」
色は軽く笑い流す。
一つ一つ傷ついていては、誠と一緒になんていられなのだ。
「……嫌な女だな……」
「その女を利用しようとする男もどうかと思うけど?」
色はそう言ってにっこりと笑うと、正面から誠を見る。まるでそのやり取りを楽しんでいるかのように――。
そんな色を見て、誠は余計に目を細めた。
それは誰がどう聞いたって、中学二年生がするような会話ではなかった。
「私は誠君の事がほんとに好きなんだよ。小学校の時から……。でも、誠君モテるんだもん。私、いつも気が気じゃなかったよ」
「……俺は――」
「何も言わないで。わかってるから……。ただ、悪あがきさせてほしいの。自分がどれだけ嫌な女なのか、よくわかってる。……でも、私、今ホントに嬉しいんだ。誠君が、こうやって私に付き合ってくれてるんだもん。だから、誠君は存分に、私の事を利用しても良いんだよ?」
「……嫌な女な上に、ずるい女でもあるんだよ、お前は」
誠は呆れたようにそう言うと、ため息をついた。
「え……?」
「……付き合うよ、お前に」
誠はその時初めて、そう言って色に優しく笑った。誰もが思わずときめいてしまうような、その笑顔で。
色はその笑顔を見た瞬間、一瞬息が止まった。早鐘のように、心臓が高鳴っている。
「俺は、別にお前の事が嫌いなわけじゃないんだからな」
「……ありがとう」
色は泣きそうな顔でそう呟いた。
本当に、嬉しかったのだ。誠がそう言ってくれた事が。……自分が、どんなに卑怯であるのかが、良くわかっているからこそ、その笑顔が眩しかった。
「そう言えば、伊吹にはもう返信したのか?」
「うん」
「何て送ったんだ?」
「……ありがとうって……。だって、柊ちゃんが誰の為に心配してるのかを、麗先輩もメールで知らせてくれたから」
「……麗先輩が?」
「うん。柊ちゃんと同じタイミングでメールが来てたの。柊ちゃん、昨日麗先輩の家に泊まったみたい。先輩の家誰も居なくて先輩一人だったから、柊ちゃんが夕ご飯作りに行ってそのまま――」
「……泊り?」
誠は目を見張って驚いていた。
「良くあることみたいだよ。麗先輩、ほっとくと何もできないって柊ちゃん言ってたし――」
「……やっぱ、仲良いんだな」
「うん」
無意識のうちに誠を苦しめている事に、色は全く気づかなかった。
色の告げたその事実は、またも誠の心を深く、傷つけていた。
けれどその気持ちは、今となっては色に対する裏切りでもあり、その意識がまた、誠を苦しめる……。
柊と誠の二人の心は、まったく別の所にあるままだった。
まるで足に付けられた鉛がだんだん重くなっていくように、誠は自分の道が進みづらく困難になっていく。
その枷を、誰がつけているのか……。それは柊であり、色でもあり、麗でも、翔でもあった……。
けれど、その事実に誰も気づいていない。




