16
最後のほう少しだけ麗視点で…
「……麗君、二人で帰るはずじゃなったの?」
柊は少し睨むようにして隣を歩いている麗を見上げた。
「何だよ、俺らがいちゃいけないのか?」
柊は約束通り、麗の部活が終わるのを同じく誠との約束がある色と一緒にじっと待っていた。
すると、部活が終わって柊たちのもとに来たのは二人だけではなく、翔までいたのだ。そして、なぜか五人で帰るはめになっている。
「やっぱり私たちいないほうが良かった?」
色は少し不安そうに聞いてくる。
「ううん、そうじゃなくて……」
柊はどうして自分がここまで落ち込んでいるのか、わからなかった。
誠と色が一緒に居るのを、一番近くで見ているせいなのか、それとも麗と二人で帰るはずだったのに水を差された気分でいるのか、どちらにしろ柊にとってはあまり面白くない状況だった。
「お前らはせっかく付き合い始めたのに、二人だけで帰ろうとは思わなかったの?」
と、柊の思った事を、代わりに麗が聞いてくれた。
「いえ、私がお願いしたんです。やっぱり、初めてだから二人きりって言うのはなんだか気恥かしくて……」
色が頬を赤らめながらそう呟いた。
「……そういうものなの?」
良く解らない柊は思わず麗に聞き返す。
「まぁ、人それぞれだろうね。俺が柊と付き合い始めたとして、柊は俺と一緒に帰る事に照れたりはしないだろ?」
「……うん、多分」
「でも、それが緊張するって人もいるんだよ。好きだって気もちには色んな形があるから。人それぞれなんだよ」
「……うん、それならなんとなくわかる」
日頃から優花と緑を見ていた柊は、二人の好きだと思い合う気持ちが違う事には、なんとなく、気づいていたのだ。
「お前、人を好きになった事が無いのか?」
と、ここで初めて翔が会話に入って来た。
「そんなわけないでしょ。ただ、人と付き合った事が無いから良くわかんないのよ」
柊は少しイライラしながら答える。自分が爆弾を落としたことに、本人はまったく気づいていない。
柊に好きな人がいたということに、誠も麗も、色すらも少なからず戸惑っていた。
「へぇ……」
翔だけは、そう言って何か考え込んでしまっていた。
「で、山城君はどうしてここにいるの?」
「……なんとなく」
「はぁ!?」
「なんとなく、お前ら二組を観察しようかなぁって……」
と、翔はなんだか元気なさげにそう言う。
「……どうかしたの?この人」
柊は小声で麗に聞いてみた。
「うーん、それがわかんないんだよね。部活が始まる前からこんなんだったんだよ」
麗は少し困ったように笑う。
「あ、色、ここから向こう側の道だから、青柳君、送ってあげて。今度こそ、二人きりでね」
「え……」
柊が分かれ道になっている片方を指差して誠に話しかけると、色はまた赤くなった。
「じゃ、また明日学校でね!」
けれども柊は麗と翔の腕を掴んで二人を引きずるようにして急ぎ足でその場を離れた。二人の邪魔をするつもりなど、さらさらなかったのだ。何より、近くで仲良さそうに話している二人を見るのは、それなりに辛かった。
だが、急かす柊に引きずられながらも翔は中々歩調を早めようとはしない。
「……翔?」
とうとう、心配になった麗が翔に声をかけた。
翔は浮かない顔をして誠と色が歩み去った方向をじっと見ている。
「……もしかして、色のことが好きだったの?」
「え……?」
柊のその言葉に、翔はびくりと肩を震わせた。
その反応に、柊も麗も、目を見開いてその場に固まってしまった。
「え……もしかして図星?」
「そうなの――?翔、あの子の事が好きだったの?」
翔は麗に少し気まずそうにうなずいた。そんな翔を見て、柊と麗はどんな言葉をかければいいのかわからずにただ黙り込むことしかできなかった。
「……でも、ほんとに好きだったのかなって、最近そう思えはじめてたんです」
「どういう事?」
俯いたまま呟いた翔の言葉に、麗は首をかしげた。何を言っているのかが良く分からなかったのだ。
「俺、誠といる色ちゃんを見て、嬉しかったんです。やっと、好きな人と一緒に居れるようになったんだって、安心したんです。でもそれって、ほんとに好きだったのかなって……。だって、普通は傷ついたり、哀しくなるもんスよね?」
翔は顔を上げて真っ直ぐに麗を見て聞いた。
その目は、真剣そのものだった。本気で悩んでいるのだ。
そんな翔を見て、麗は優しく笑った。
「確かに、人は恋をすると嫉妬したりするものだよ。でも、俺がさっき言ったように、恋の形は人それぞれなんだ。翔のそれも、ちゃんとした恋心なんじゃないの?」
「でも、ただの憧れだったんじゃ……」
「憧れから来る恋もあるよ。でも、翔がそれを恋だと認めないと、色ちゃんを好きだった翔がいなくなるんだよ?」
翔は黙り込んでしまった。
「翔は、とても楽しそうに色ちゃんを見ていたんじゃないの?」
麗が優しい顔をしたまま翔の顔を覗くと、翔は黙ったままうなずく。
「その気持ちが大切なんだよ。よかったね、翔の初恋があの子で。……あの子の好きな人が、青柳で。あいつなら、きっと色ちゃんを大切にしてくれるよ」
翔はまた黙ったままうなずく。
麗の言葉は、柊の心にも少し影響を与えていた。
そうだよね……。色なら絶対に青柳君を大切にしてくれる。それは、私が一番よく知ってるもん。
柊は少し心が軽くなったような気がしていた。そして、そのまま思いっきり麗の腕に飛びついた。
「え、何?」
麗はびっくりして柊を見る。翔も同じくそんな柊を初めて見たので言葉なく驚いていた。
「ふふ、何となく。麗君良いこと言うね」
と、柊は微笑む。
「まぁね。それよりも、今日の柊はなんだか機嫌がいいね」
「うん。麗君のおかげなんだよ?」
「俺の?俺、何かした?」
「うん。麗君は、最高の先輩だよ。こんな先輩が持てて、山城君たちは羨ましいね」
「……俺、こっちなんで」
柊の問いには一切答えず、何だかいたたまれなくなったように翔は二人に声をかけた。
そんな翔に柊と麗は小首をかしげる。
けれども翔はそのまま少し肩を落として歩き去ってしまった。
「急にどうしたのかな?」
柊には、翔の行動の意味がよくわからず思議でたまらなかったが、まぁ、翔のことだから心配することでもないと考え直してまた帰路をゆっくりと歩き始めた。
その少し後ろで、麗が立ち止まったまま誠がいった道を翔と同じように見つめている。
「ただ、肝心なのは誠の心なんだよな……。確かにあいつは、色ちゃんを大切にできると思う。でも、それと好きになるって事は、まったく違う。あいつは、本当に色ちゃんを好きなわけではないはずだから……」
翔のその長い一人言は、柊と翔の二人の耳には届いていなかった。
「麗君?何してるの、帰ろうよ」
気付くとと麗が立ち止まったまま動いていなかったことに驚いたのか、柊は慌てて声をかけてきた。
そんな柊を見て麗は眼を細めながらも歩み寄る。
「……柊、もしかしてほかの男の子にもこんなふうに抱きついたりしてるの?」
麗がそばに着た途端、柊はまたも麗の腕にしがみついたのだ。
麗は急に真剣な表情になって柊を見つめると、立ち止まってそう尋ねた。何だかあまりにも柊が自分に対して無防備であることに、不安を感じてしまったのだ。
「え?そんなわけないよ。私が抱きつく男の人は、麗君だけだもん。ほかの人になんて出来るわけないよ」
柊はそう言ってけろりと笑った。その言葉を聞いて、麗は少し安堵したものの、柊の言葉が妙に気になった。
「もしかして、柊にとっての俺は特別なの?」
「うん。だって、幼馴染だし。多分、学校では一番私が心許せる人だと思うよ?……あ、まぁ、色と明を抜けると、だけどね」
あの二人こそ特別だから、と、そう言って柊はクスクス笑っている。
「学校では?」
麗は柊のその言葉を聞き逃さなかった。親友の二人を抜いて、学校の外に柊が心を許せる相手なんていただろうか。麗は妙に勘ぐってしまう。
「うん。だって一番は優花ねぇだもん」
「あぁ、姉さんね……」
と、麗は肩を落とした。
やっぱり俺の一番のライバルは、姉さんだよな……。
そう思って麗が隣を見ると、柊は変わらずに楽しそうに麗と腕を組んでいる。その表情に、麗は思わず顔がほころんでしまう。
柊の傍に居ると、自分でも信じられないくらい感情の起伏が激しくなってしまう。それに付き合わされている柊は、何とも思わないのだろうか?でも、絶対に、振り向かせてあげる。ただの幼馴染じゃなくて、恋人に。俺は、柊のことを本気で愛してるから。
麗はまだ、柊が自分のことをそんな風に意識していないことを知っていた。だからこそ、まだ待つつもりでいる。
柊を見る麗の瞳は、とても優しかった。




