第9話 誰もいない学校の卒業式
「ようやく
来たな」
壁の向こうから
神崎直人の声がした。
神崎は
濡れたコンクリートを
見つめた。
「AR-01
向こうにいるのは
本当に俺なのか?」
「生命反応は
完全に一致しています」
「俺はここにいるぞ」
「はい。
同一の生命反応が
二か所に存在しています」
壁の向こうで
誰かが笑った。
「二十五年も
待たせるなよ」
神崎は
眉をひそめた。
「二十五年?」
トンネルの浸水事故が
起きた年数と同じだった。
「AR-01
この壁の構造を調べろ」
「了解しました」
青い光が
コンクリートを透過する。
壁の向こうには
もう一つの通路があった。
しかし
古い設計図には
存在しない。
「隠し通路か?」
「いいえ。
通常空間には
存在していません」
「じゃあ
どこなんだ?」
「事故当時の時間が
保存された空間です」
神崎は
息をのんだ。
その瞬間
壁の向こうから
六人の声が響いた。
「水が来るぞ!」
「扉を閉めろ!」
「まだ一人いる!」
金属を叩く音。
水が流れ込む音。
そして
悲鳴。
神崎は
壁に手を伸ばした。
「AR-01
向こうへ行けるか?」
「可能です。
ただし
現在の時間との接続が
不安定です」
「俺の声がする理由は?」
「解析中です」
壁に
新しい手形が浮かんだ。
神崎の手と
まったく同じ大きさだった。
「入ってこい」
向こうの神崎が言った。
「六人を
助けたいんだろ?」
神崎は
手を止めた。
「なぜ
俺の考えが分かる?」
「俺だからさ」
その声を聞いた瞬間
AR-01が
神崎の腕をつかんだ。
「接触しないでください」
「何か分かったか?」
「壁の向こうの存在は
神崎の未来の発言を
複製しています」
「未来の?」
「はい。
この空間では
発言と生命情報が
先に記録されています」
神崎は
暗闇を見つめた。
「つまり
あいつは俺じゃない」
「正確には
神崎の情報から
形成された複製体です」
「なら
本物の六人は?」
AR-01の眼が
青く輝いた。
「六名の意識を検出。
事故当時の空間に
固定されています」
神崎は
拳を握った。
「助けよう」
「了解しました」
AR-01が
右腕を壁へ向けた。
青白い光が
コンクリートを包む。
「時間境界を接続」
壁の表面が
水のように揺れた。
その奥に
古い作業通路が現れる。
六人の作業員が
必死に鉄の扉を
押さえていた。
扉の隙間から
大量の海水が
流れ込んでいる。
「誰だ!」
一人が叫んだ。
神崎は
声を張り上げた。
「助けに来た!
こちらへ!」
しかし
六人は動かなかった。
「扉を離せない!」
「離したら
全員流される!」
神崎は
AR-01を見た。
「水を止められるか?」
「可能です。
ただし
この水も
霊的空間の一部です」
「なら
空間ごと固定しろ」
「了解しました」
AR-01の胸部が
青く輝いた。
「流動結合を停止」
海水が
空中で止まった。
水滴まで
動かなくなる。
六人が
驚いて振り返った。
「今だ!
こっちへ!」
作業員たちが
次々と走り出す。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
そして
六人目。
最後の男が
境界を越えた瞬間
通路の奥から
神崎の声が響いた。
「まだ
一人残っているぞ」
神崎は
振り返った。
暗闇の中に
自分と同じ顔の男が
立っていた。
「俺を
置いていくのか?」
神崎は
男を見つめた。
「お前は
誰なんだ?」
男は
静かに答えた。
「助けに来る人間を
待っていた声だ」
「声?」
「誰かが
助けに来てくれると
信じたかった」
神崎は
六人の作業員を見た。
全員
こちらを見つめている。
「この人たちが
作ったのか?」
AR-01が答えた。
「六名の救助願望が
複製体を形成したと
推定されます」
男は
小さく笑った。
「やっと
本物が来た」
神崎は
ゆっくりうなずいた。
「もう
待たなくていい」
男の顔から
笑みが消えた。
代わりに
安堵したような
表情が浮かんだ。
「ありがとう」
AR-01が
両腕を広げた。
「六名の意識を保護。
霊的結合を解除」
青い光が
通路全体を包む。
複製体の身体が
光の粒へ変わっていく。
「完全除霊を実行」
海水が消えた。
鉄の扉も消えた。
そして
二十五年前の通路が
静かに崩れた。
「除霊完了。
残留反応ゼロ」
神崎が
目を開けると
元のトンネルにいた。
六人の作業員が
床に座り込んでいる。
全員
呼吸していた。
「生命反応
六名確認」
神崎は
ほっと息を吐いた。
「全員
帰ってきたな」
一人の作業員が
震える声で尋ねた。
「外は……
まだ雨ですか?」
神崎は
静かに答えた。
「事故から
二十五年たっています」
男は
何も言わなかった。
ただ
仲間の顔を
一人ずつ見つめた。
その夜。
神崎は
研究施設へ戻った。
AR-01が
過去の事件記録を
整理している。
「神崎」
「何だ?」
「清蓮寺で検出した
古い霊的反応について
追加情報があります」
神崎は
椅子から立ち上がった。
「何か分かったか?」
「完全一致ではありませんが
潮見海底隧道の反応と
一部共通する構造を
確認しました」
神崎は
画面を見た。
京都の寺。
瀬戸内海のトンネル。
まったく違う場所だった。
「偶然か?」
「現時点では
判断できません」
神崎は
腕を組んだ。
「記録を残しておけ」
「了解しました」
翌朝。
新しい依頼が届いた。
四国地方。
山奥にある
廃校。
『夕凪小学校』
「今度は学校か」
AR-01が
資料を表示した。
「この学校では
毎年同じ日に
卒業式が行われています」
「廃校なのに?」
「はい。
校舎は
十八年前に閉鎖されています」
画面に
古い体育館が映った。
並べられた椅子。
壇上の演台。
壁に飾られた
色あせた花。
誰もいない。
それなのに
拍手が聞こえていた。
パチパチ。
パチパチ。
パチパチ。
神崎は
映像を見つめた。
「録音じゃないのか?」
「違います。
音源は
体育館内部の
複数地点から発生しています」
「卒業生がいるのか?」
「映像には
誰も映っていません」
AR-01が
別の記録を表示した。
十八年前。
夕凪小学校では
最後の卒業式が
予定されていた。
しかし
式の前日に
校舎で火災が発生。
卒業予定だった
児童七名が
亡くなっていた。
神崎は
表情を曇らせた。
「卒業式を
迎えられなかったのか」
「はい。
式は中止されました」
画面には
古い卒業証書が
映っていた。
七枚。
すべて
名前が記入されている。
だが
一枚だけ
日付が空欄だった。
「これは?」
「不明です。
さらに
毎年の卒業式では
七名分ではなく
八名分の拍手が
検出されています」
神崎は
眉をひそめた。
「八人目?」
「はい」
その夜。
神崎とAR-01は
夕凪小学校へ到着した。
山の中に
古い校舎が建っている。
窓ガラスは割れ
校庭には
雑草が生い茂っていた。
しかし
体育館だけは
不自然なほど
きれいだった。
入口には
新しい花が
飾られている。
神崎は
腕時計を見た。
午後十一時五十九分。
「もうすぐ
日付が変わる」
「はい。
卒業式が始まる時刻です」
二人は
体育館の扉を開いた。
中には
誰もいない。
椅子が
整然と並んでいる。
壇上には
七枚の卒業証書。
神崎が
一歩踏み出した。
その瞬間
校内放送が流れた。
『ただいまより
第十八回
卒業証書授与式を
始めます』
神崎は
天井を見上げた。
「電気は?」
「供給されていません」
次の瞬間
誰もいない椅子が
一斉に動いた。
ギィ。
ギィ。
ギィ。
見えない何者かが
立ち上がったようだった。
そして
体育館に
拍手が響き始めた。
パチパチ。
パチパチ。
パチパチ。
AR-01の眼が
赤く点滅した。
「警告」
「何だ?」
「霊的反応を
八体検出しました」
神崎は
壇上を見た。
七枚の卒業証書の横に
いつの間にか
もう一枚
置かれていた。
八枚目。
そこには
名前が書かれていた。
『神崎直人』
神崎は
息をのんだ。
「俺の名前……?」
その瞬間
校内放送が
静かに告げた。
『最後の卒業生
神崎直人さん』
誰もいない体育館で
八人目の拍手が
鳴り響いた。




