第8話 海底トンネルの声
「除霊を
始めましょう」
白い法衣の男が
両手を広げた。
本堂の奥から
足音が近づいてくる。
一人ではない。
十人。
二十人。
それ以上。
神崎直人は
暗闇を見つめた。
「AR-01
何人いる?」
「生命反応は一名。
霊的反応は
三十八体です」
「三十八……」
闇の中から
僧侶たちが現れた。
全員
同じ白い法衣を
着ている。
しかし
足がなかった。
床から
数センチ浮いている。
神崎は
一歩後ずさった。
「寺にいた霊か?」
「いいえ。
すべて
外部から集められた
霊的存在です」
法衣の男が笑った。
「よくできた
機械ですね」
神崎は
男をにらんだ。
「お前は
何者だ?」
「一か月前までは
普通の除霊師でした」
「今は違うのか?」
男は
自分の胸に手を当てた。
「帰ってきたのは
身体だけです」
神崎は
AR-01を見た。
「取り憑かれているのか?」
「通常の憑依とは
構造が異なります」
「どう違う?」
「人間の意識が
身体の内部に存在しません」
神崎は
息をのんだ。
「じゃあ
本人はどこにいる?」
男が
静かに答えた。
「ここですよ」
その瞬間
背後の黒い影が
ゆっくり前へ出た。
影の中に
もう一人の男が
浮かび上がる。
同じ顔。
同じ法衣。
だが
その表情は
恐怖に歪んでいた。
「助けてくれ!」
影の男が叫んだ。
「身体を
返してくれ!」
神崎は
拳を握った。
「AR-01
本物はあっちだ!」
「確認しました。
肉体と意識が
分離されています」
白い法衣の男が
首をかしげた。
「取り戻せますか?」
神崎は
答えた。
「必ずな」
男が笑う。
「では
試してみてください」
三十八体の霊が
一斉に動き出した。
AR-01の眼が
青く輝く。
「防御障壁を展開」
青い光が
神崎を包んだ。
僧侶たちが
障壁へ衝突する。
ドン。
ドン。
ドン。
本堂の柱が
激しく震えた。
「AR-01
あいつらを除霊できるか?」
「可能です。
ただし
本体との結合を
解除する必要があります」
「本体は
あの男か?」
「いいえ」
神崎は
目を見開いた。
「違うのか?」
「本体は
この寺の地下にあります」
法衣の男の笑顔が
初めて消えた。
「そこまで
分かりますか」
神崎は
床を見た。
古い畳の隙間から
黒い煙が
立ち上っている。
「AR-01
地下を調べろ」
「了解しました」
青い光が
床を透過した。
地下には
小さな石室があった。
中央に
古い木箱が置かれている。
箱には
何重もの封印札が
貼られていた。
「何だ
あの箱は?」
「強力な霊的結合を確認」
神崎は
男を見た。
「お前は
あそこから出てきたのか?」
男は
静かにうなずいた。
「この寺は
長い間
私を閉じ込めていました」
「なぜ封印された?」
「人を
帰らせなかったからです」
神崎は
眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
男は
答えなかった。
代わりに
黒い影が
神崎へ近づいた。
「早く……
箱を閉じてくれ」
本物の除霊師の声だった。
「開いているのか?」
「俺が……
開けてしまった」
男の意識が
震える声で続けた。
「中には
何もいなかった」
神崎は
息を止めた。
「何も?」
「名前だけが……
書いてあった」
その瞬間
AR-01が警告した。
「神崎。
石室内部に
文字情報を検出」
「何と書いてある?」
「解析します」
青い光が
木箱の表面を照らす。
そこには
古い文字が
刻まれていた。
『帰らずの者』
神崎は
つぶやいた。
「帰らずの者……」
白い法衣の男が
ゆっくり拍手した。
「懐かしい名前です」
「お前の名前か?」
「いいえ」
男は
首を横に振った。
「私が
借りている名前です」
神崎は
AR-01を見た。
「どういうことだ?」
「対象の霊的構造に
複数の異なる時代の
反応を確認しました」
「何年前だ?」
「最古の反応は
少なくとも
数百年前です」
神崎の背筋に
冷たいものが走った。
「そんな昔から……」
男は
楽しそうに笑った。
「さあ
どうします?」
神崎は
深く息を吸った。
「AR-01
あの箱と
三十八体の霊を
同時に分離できるか?」
「可能です。
ただし
結合点が
絶えず移動しています」
「移動?」
「はい。
本体が
別の霊へ
結合を移しています」
神崎は
周囲を見渡した。
三十八体の僧侶。
黒い影。
そして
白い法衣の男。
「なら
逃げ道を
全部塞げ」
「了解しました」
AR-01が
両腕を広げた。
青白い光が
本堂全体に広がる。
「霊的結合を固定」
僧侶たちの動きが
一斉に止まった。
法衣の男が
初めて顔を歪めた。
「なるほど……」
神崎が叫んだ。
「今だ!
本人の意識を戻せ!」
AR-01の胸部から
強い光が放たれた。
黒い影が
男の身体へ吸い込まれる。
男が
激しく震えた。
「うあああ!」
次の瞬間
床に崩れ落ちた。
「意識の帰還を確認。
生命反応正常」
神崎は
男へ駆け寄った。
「大丈夫か!」
男は
目を開けた。
「箱を……
頼む……」
神崎は
AR-01を見た。
「完全除霊だ」
「了解しました」
AR-01の両眼が
青く輝いた。
「三十八体の結合を解除。
石室の霊的中枢を特定」
地下の木箱が
青白い光に包まれる。
本堂全体が
激しく揺れた。
「完全除霊を実行」
三十八体の僧侶が
光の粒へと変わる。
黒い煙が消える。
木箱の封印札が
静かに床へ落ちた。
「除霊完了。
残留反応ゼロ」
本堂に
静寂が戻った。
神崎は
倒れた除霊師を
支え起こした。
「終わったぞ」
男は
震える声で尋ねた。
「本当に……
消えたのか?」
「AR-01が
確認した」
男は
ほっとしたように
目を閉じた。
だが
神崎は
一つだけ
気になることがあった。
「AR-01」
「はい」
「さっきの
数百年前の反応は?」
「記録しました」
「除霊で消えたのか?」
「現場の残留反応は
ゼロです」
神崎は
少し考えた。
「それは
質問の答えじゃないな」
AR-01は
一瞬沈黙した。
「反応の起源は
特定できませんでした」
神崎は
地下の石室を見た。
古い木箱は
もう光っていない。
だが
箱の底には
一つだけ
文字が残っていた。
『七つの門』
神崎は
その文字を
写真に収めた。
翌日。
研究施設に戻った神崎へ
新しい依頼が届いた。
瀬戸内海。
かつて本州と
小さな島を結んでいた
海底トンネル。
『潮見海底隧道』
「次は
海の下か」
AR-01が
資料を表示した。
「このトンネルでは
三年前から
人の声が聞こえる
現象が発生しています」
「誰の声だ?」
「調査員自身の声です」
神崎は
眉をひそめた。
「自分の声?」
「はい。
まだ発言していない言葉が
先に聞こえます」
画面に
録音データが表示された。
一人の調査員が
トンネルを歩いている。
そのとき
暗闇の奥から
男の声がした。
「ここで
立ち止まるな」
調査員は
驚いて足を止めた。
数秒後。
同じ言葉を
調査員自身が
口にしていた。
「ここで
立ち止まるな」
神崎は
画面を見つめた。
「未来の声か?」
「可能性があります」
さらに
別の記録が表示された。
調査員が
壁に耳を当てている。
壁の向こうから
女の声が聞こえた。
「まだ
生きている」
神崎は
息をのんだ。
「誰が?」
「不明です」
AR-01が
古い事故記録を表示した。
二十五年前。
海底トンネルで
大規模な浸水事故が発生。
作業員六名が
内部に取り残された。
「六人は?」
「全員
死亡と記録されています」
神崎は
画面を見つめた。
「なのに
生きていると言うのか」
「はい。
さらに
現在もトンネル内部から
微弱な生命反応が
検出されています」
その夜。
神崎とAR-01は
潮見海底隧道へ到着した。
海沿いの崖に
古い入口が開いている。
入口には
厚い鉄の扉。
その向こうから
波の音が聞こえた。
神崎が
懐中電灯を点ける。
「行くぞ」
AR-01が
扉を開いた。
冷たい潮の匂いが
流れ出した。
トンネルの内部は
真っ暗だった。
壁には
古い浸水跡が残っている。
二人は
ゆっくり歩き始めた。
十メートル。
二十メートル。
三十メートル。
そのとき
暗闇の奥から
神崎の声が聞こえた。
「AR-01
止まれ」
神崎は
足を止めた。
「今
俺は何も言っていない」
「確認しました」
さらに
同じ声が響いた。
「その壁に
触るな」
神崎は
右側の壁を見た。
濡れたコンクリート。
そこには
黒い手形が
一つ浮かんでいた。
AR-01の眼が
赤く点滅する。
「警告」
「何だ?」
「壁の向こうから
生命反応を検出しました」
神崎は
息をのんだ。
「生存者か?」
「いいえ」
AR-01が
静かに答えた。
「生命反応は
神崎と
完全に一致しています」
その瞬間
壁の向こうから
もう一人の神崎が
小さく笑った。
「ようやく来たな」




