第7話 帰ってきた除霊師
「やっと
そろいましたね」
顔のない男が
神崎直人を見つめていた。
いや。
目も鼻も口もない。
それなのに
確かに笑っていた。
神崎は
切符を握りしめた。
「お前は誰だ?」
男は答えなかった。
代わりに
胸のポケットから
もう一枚の切符を取り出した。
『影無駅』
「降りる時間です」
その瞬間
地下鉄の扉が閉まった。
神崎は
慌てて振り返った。
「AR-01!」
「車両の移動を確認」
電力のない線路を
列車が走り始める。
窓の外は
真っ暗だった。
「止められるか?」
「可能ですが
現在の空間構造が
不明です」
神崎は
顔のない男を見た。
「お前も
閉じ込められたのか?」
男の身体が
わずかに震えた。
「顔を……
返してください」
「顔?」
「駅に……
置いてきたんです」
神崎は
AR-01へ視線を向けた。
「顔だけを
奪われるなんて
あり得るのか?」
「肉体ではなく
自己認識が
分離された可能性があります」
「自己認識?」
「自分が誰なのかを
認識するための情報です」
男は
両手で顔を覆った。
「名前も……
思い出せない」
神崎は
男の肩に手を置いた。
「必ず取り戻す」
そのとき
車内放送が流れた。
『次は
影無駅』
列車が
急減速した。
暗闇の中に
古いホームが現れる。
壁には
無数の写真が貼られていた。
男。
女。
子供。
老人。
すべて
顔だけが
切り取られている。
列車が止まった。
扉が開く。
『影無』
神崎は
ホームへ降りた。
AR-01が続く。
顔のない男も
ゆっくり降りてきた。
「AR-01
霊的反応は?」
「駅全体から検出」
「発生源は?」
「駅長室です」
ホームの奥に
古い扉があった。
『駅長室』
神崎が
扉を開ける。
中には
一人の老人が座っていた。
黒い制服。
古い制帽。
机の上には
大量の切符が並んでいる。
老人は
神崎を見た。
「切符を
拝見します」
神崎は
切符を差し出した。
老人は
裏面を確認した。
『乗車人数 三名』
「おや」
老人が笑った。
「一人
多いですね」
「どういう意味だ?」
「この駅には
二人しか
降りられません」
神崎は
顔のない男を見た。
「こいつを
帰すために来た」
老人は
首を横に振った。
「顔を預けた者は
帰れません」
「なぜだ?」
「誰なのか
分からないからです」
神崎は
机の上を見た。
切符には
名前が書かれていた。
だが
どれも途中で
文字が消えている。
「AR-01
この駅の仕組みを
解析してくれ」
「了解しました」
青い光が
駅長室を包んだ。
「霊的結合を確認」
「どこだ?」
「改札機です」
神崎は
老人を見た。
「顔を奪っているのは
お前じゃないのか?」
老人は
静かに答えた。
「私は
忘れられた人を
預かっているだけです」
「誰が忘れた?」
「この駅を
閉じた人たちです」
AR-01が
古い記録を表示した。
四十年前。
地下鉄の新路線計画。
建設途中の
地下事故。
そして
存在そのものを
記録から消された駅。
「工事中に
何があった?」
「崩落事故です」
AR-01が答えた。
「作業員と関係者
合わせて七名が
地下に取り残されました」
「救助されたのか?」
「公式記録には
事故自体がありません」
神崎は
息をのんだ。
「隠されたのか……」
老人が
ゆっくり立ち上がった。
「名前を消された者は
帰る場所も失う」
その言葉と同時に
壁の写真が
一斉に揺れた。
顔のない人々が
ホームへ現れ始める。
「AR-01
全員を助けられるか?」
「可能です。
ただし
消された記録を
復元する必要があります」
神崎は
駅長の机を見た。
そこには
古い運行日誌があった。
ページをめくる。
事故当日の日付。
作業員の名前。
そして
駅長の署名。
神崎は
老人を見た。
「お前は
事故の日の駅長か?」
老人は
うなずいた。
「最後まで
待っていました」
「誰を?」
「帰ってくるはずの
七人を」
神崎は
日誌を持ち上げた。
「AR-01
この記録を使え」
「了解しました」
青い光が
日誌から広がった。
消えた文字が
一つずつ戻っていく。
ホームに立つ人々の顔が
少しずつ現れ始めた。
顔のない男が
自分の頬に触れた。
「俺は……」
声が震える。
「佐伯……
佐伯健一だ」
神崎は
小さくうなずいた。
「思い出したな」
AR-01の眼が輝いた。
「自己認識の復元を確認」
駅長室の老人が
静かに微笑んだ。
「ようやく
全員そろいました」
その瞬間
改札機が
青白く光った。
「霊的結合を解除。
完全除霊を実行」
駅全体が
光に包まれた。
壁の写真が消える。
古いホームが
少しずつ崩れていく。
老人は
神崎に頭を下げた。
「ありがとうございます」
そして
光の中へ消えた。
「除霊完了。
残留反応ゼロ」
神崎が
目を開けると
そこは
封鎖された旧線のホームだった。
列車は消えていた。
佐伯健一は
床に座り込んでいる。
顔は
元に戻っていた。
「帰ってきた……」
男は
何度もそうつぶやいた。
神崎は
AR-01を見た。
「終わったな」
「はい。
異常空間は消滅しました」
翌日。
研究施設へ戻った神崎に
新しい依頼が届いた。
京都府。
山奥にある
古い寺院。
『清蓮寺』
「今度は寺か」
AR-01が
資料を表示した。
「この寺では
一か月前に
行方不明となった除霊師が
突然帰還しました」
「無事だったのか?」
「外傷はありません。
しかし
帰還後の行動に
異常が見られます」
画面に
監視映像が映った。
一人の男が
寺の廊下を歩いている。
白い法衣。
数珠を握った右手。
顔は
穏やかだった。
だが
男が通り過ぎた後
廊下の照明が
一つずつ消えていく。
「霊的反応は?」
「帰還した除霊師から
極めて強い反応を検出」
「取り憑かれているのか?」
「不明です」
AR-01が
別の映像を表示した。
男は
本堂で座禅を組んでいた。
その背後に
黒い影が立っている。
神崎は
画面を拡大した。
「これは……」
黒い影は
男と同じ姿勢で
座っていた。
しかし
次の瞬間
影だけが立ち上がった。
そして
カメラに向かって
ゆっくり頭を下げた。
「何者だ?」
AR-01が答えた。
「解析不能です」
その夜。
神崎とAR-01は
清蓮寺へ到着した。
山門には
古い提灯が
二つ下がっている。
境内は
不自然なほど静かだった。
神崎が
石段を上がる。
本堂の扉が
ゆっくり開いた。
中には
白い法衣の男が
正座していた。
「お待ちしておりました」
男は
静かに頭を下げた。
「神崎直人様」
神崎は
足を止めた。
「俺の名前を
知っているのか?」
男は
穏やかに笑った。
「もちろんです」
そして
隣に立つAR-01を見た。
「二年かけて
完成させた
完全除霊体」
神崎の表情が
変わった。
「なぜ
それを知っている?」
男は
ゆっくり立ち上がった。
その背後で
黒い影も
同じように立ち上がる。
「ずっと
待っていたからです」
神崎は
一歩後ずさった。
「何を?」
男の口元が
不自然に広がった。
「私を
消せるものが
生まれる日を」
その瞬間
AR-01の眼が
真っ赤に点滅した。
「警告」
「どうした!」
「対象の霊的反応が
測定上限を超えています」
男は
静かに両手を広げた。
「さあ」
本堂の奥から
無数の足音が聞こえた。
「除霊を
始めましょう」




