第6話 地下鉄の存在しない駅
青白い光が
鏡の中から放たれた。
神崎直人は
反射的に身を伏せた。
光は頭上を通過し
背後の壁に命中した。
壁紙が剥がれ
黒い染みが広がる。
「AR-01!」
「防御障壁を展開します」
本物のAR-01が
神崎の前に立った。
青い障壁が
二人を包み込む。
鏡の中のAR-01は
まったく同じ姿勢で
こちらを見つめていた。
「なぜ
お前の姿なんだ?」
神崎が尋ねた。
「鏡は対象の外見と
行動情報を複製しています」
「除霊能力までか?」
「外見上は再現されています。
実際の能力は不明です」
その瞬間
鏡の中のAR-01が
再び右腕を上げた。
「完全除霊を開始します」
二度目の光が放たれる。
障壁が激しく揺れた。
「防御出力低下」
「まずいな」
神崎は
周囲の鏡を見渡した。
どの鏡にも
自分たちが映っている。
しかし
反射像は
少しずつ違っていた。
ある鏡では
神崎が笑っている。
別の鏡では
神崎が倒れている。
そして
正面の鏡では
AR-01が
神崎に腕を向けていた。
「AR-01
鏡を全部壊せば
どうなる?」
「内部の人間が
消滅する危険があります」
「やっぱり駄目か」
神崎は
鏡の奥を見つめた。
五人の宿泊客が
廊下を歩いている。
全員が
こちらに背を向けていた。
「五人を助ける方法は?」
「鏡の内部と外部を
接続する必要があります」
「できるか?」
「可能です。
ただし
複製体が接続を妨害します」
神崎は
考え込んだ。
鏡の中のAR-01が
また腕を上げる。
「完全除霊を開始します」
神崎は
その動きを見つめた。
「待て」
「どうしましたか?」
「おかしいぞ」
鏡の中のAR-01は
毎回同じ言葉を使っていた。
同じ姿勢。
同じ角度。
同じ攻撃。
「こいつ
判断していない」
「解析します」
AR-01の眼が
青く点滅した。
「確認しました。
複製体は
直前の行動を
繰り返しているだけです」
神崎は
小さく笑った。
「なら
次の動きは読める」
神崎は
鏡の正面に立った。
「俺を狙わせろ」
「危険です」
「分かってる。
でも
こいつは俺を追う」
神崎が
右へ走った。
鏡の中のAR-01が
腕を動かす。
「完全除霊を開始します」
光が放たれた。
神崎は
直前で身を伏せた。
光は
別の鏡に命中した。
その鏡の中で
宿泊客の一人が
驚いた顔を上げた。
「今だ!」
AR-01が
両腕を広げた。
「空間接続を開始」
青い光が
鏡と鏡を結ぶ。
ロビーの中央に
細い裂け目が現れた。
鏡の奥から
冷たい風が吹き出す。
「皆さん!
こちらへ!」
神崎が叫んだ。
五人の宿泊客が
一斉に振り返った。
しかし
誰も動かない。
「どうした?」
AR-01が答えた。
「彼らは
自分が鏡の中にいると
認識していません」
神崎は
息をのんだ。
「じゃあ
どうすればいい?」
「外の世界を
認識させる必要があります」
神崎は
裂け目に近づいた。
「聞こえるか!」
五人が
こちらを見る。
「そこは
本物のホテルじゃない!」
一人の女性が
首をかしげた。
「何を言っているんですか?」
「鏡の中なんだ!
外へ出ないと
帰れなくなる!」
女性は
周囲を見渡した。
廊下。
客室。
窓。
すべてが
左右逆になっている。
「そんな……」
女性が
震える手で
壁に触れた。
その瞬間
壁が波打った。
「きゃあ!」
五人が
一斉に走り出した。
「こっちだ!」
神崎が
手を伸ばす。
一人。
二人。
三人。
四人。
最後の女性が
裂け目へ飛び込んだ。
「五名の救出を確認」
AR-01が告げた。
だが
鏡の中のAR-01は
まだ動いていた。
「完全除霊を開始します」
青い光が
再び集まり始める。
「AR-01
今なら除霊できるな?」
「はい。
内部に生命反応はありません」
「頼む」
本物のAR-01が
右腕を上げた。
「霊的結合点を特定」
鏡の表面に
無数の亀裂が走る。
鏡の中のAR-01が
こちらを見つめた。
「完全除霊を開始します」
二つの光が
同時に放たれた。
ロビー全体が
白く染まった。
次の瞬間
鏡の中のAR-01が
光の粒へと変わった。
壁一面の鏡が
一斉に曇る。
そして
すべての反射像が
正常に戻った。
「除霊完了。
残留反応ゼロ」
神崎は
深く息を吐いた。
「今度ばかりは
お前が敵に見えたよ」
AR-01が答えた。
「私は
神崎を攻撃しません」
「分かってる」
神崎は
五人の宿泊客を見た。
全員
無事だった。
「帰ろう」
その言葉に
五人が
静かにうなずいた。
翌朝。
研究施設に戻った神崎は
新しい依頼を確認した。
東京都内。
廃止された
地下鉄の旧路線。
「次は地下鉄か」
AR-01が
地図を表示した。
「この路線には
公式記録に存在しない駅が
確認されています」
「存在しない駅?」
「はい。
終電後の車内で
突然表示されるそうです」
画面に
地下鉄の車内映像が映った。
深夜の電車。
乗客は
一人の男性だけ。
次の駅を知らせる
電光掲示板が点灯する。
『次は
影無駅』
神崎は
画面を見つめた。
「影無駅?」
「公式路線図には
存在しません」
電車が
暗いホームへ停車した。
扉が開く。
ホームには
誰もいない。
ただ
古い駅名標だけが
立っていた。
『影無』
男性は
車内から
ホームを撮影している。
そのとき
背後から
女の声が聞こえた。
「降りないんですか?」
男性が振り返る。
そこには
誰もいない。
再びホームを見ると
駅名標の文字が
変わっていた。
『帰還不可』
映像は
そこで途切れた。
「この男性は?」
「現在
行方不明です」
神崎は
腕を組んだ。
「駅に降りたのか?」
「不明です。
ただし
車内の監視カメラには
その後も男性が
座っている姿が
記録されています」
「どういうことだ?」
AR-01が
別の映像を表示した。
同じ男性が
座席に座っている。
しかし
顔がない。
神崎は
思わず身を乗り出した。
「これは……」
「映像解析では
顔の部分だけが
完全に欠落しています」
「影無駅に
何かを奪われたのか」
「その可能性があります」
その夜。
神崎とAR-01は
地下鉄の旧線入口へ
向かった。
地上の扉は
固く閉ざされていた。
AR-01が
封鎖された扉を開く。
地下へ続く階段が
暗闇に沈んでいる。
神崎は
懐中電灯を点けた。
「行くぞ」
二人は
ゆっくり階段を下りた。
地下には
古いホームがあった。
線路は
闇の奥へ続いている。
「AR-01
霊的反応は?」
「現在
検出されていません」
「また時間限定か」
神崎は
腕時計を見た。
午前零時三分。
そのとき
遠くから
電車の走行音が聞こえた。
ゴトン。
ゴトン。
ゴトン。
暗闇の奥に
二つの光が現れる。
「電車だ」
「警告。
この路線には
電力が供給されていません」
古い車両が
ホームへ滑り込んできた。
扉が開く。
車内には
誰もいない。
ただ
座席の上に
一枚の切符が置かれていた。
神崎が
切符を拾い上げる。
そこには
行き先が書かれていた。
『影無駅』
そして
裏面には
小さな文字があった。
『乗車人数 二名』
神崎は
AR-01を見た。
「俺たちのことか?」
AR-01の眼が
赤く点滅した。
「異常を検出」
「何だ?」
「乗車人数が
更新されました」
神崎が
切符を見直す。
文字が
ゆっくり変わっていく。
『乗車人数 三名』
その瞬間
神崎の背後で
誰かが笑った。
「やっと
そろいましたね」
神崎は
ゆっくり振り返った。
そこには
顔のない男が
立っていた。




