第5話 鏡の中の宿泊客
「作業を
再開します」
十二人の声が
製鉄所に響いた。
神崎直人は
制御室を見上げた。
黒い人影が
窓の向こうに並んでいる。
「AR-01
あの十二人は
失踪した作業員か?」
「照合中」
青い光が
制御室を照らした。
「三十年前の失踪者
十二名と一致しました」
「生きているのか?」
「生命反応はありません」
神崎は
赤く光る溶鉱炉を見た。
「全員
亡くなっているのか」
「断定できません。
施設全体が
特殊な霊的空間に
変化しています」
その瞬間
巨大なクレーンが
動き始めた。
鉄の塊が
神崎の頭上を通過する。
「危険です」
AR-01が
神崎を後ろへ引いた。
直後
鉄の塊が
地面に落下した。
ドォン!
地面が揺れる。
「歓迎されていないな」
神崎がつぶやいた。
AR-01は
制御室へ視線を向けた。
「霊的反応の中心を
確認しました」
「どこだ?」
「溶鉱炉の制御装置です」
神崎は
建物の入口へ走った。
内部には
錆びた階段が続いていた。
二階。
三階。
そして
制御室。
扉には
古い警告が残っている。
『異常発生時
炉を停止すること』
神崎は
文字を見つめた。
「止めるなという声と
逆だな」
「はい。
記録に矛盾があります」
AR-01が
扉を開いた。
制御室には
十二人の作業員がいた。
全員
古い作業服を着ている。
だが
顔は真っ黒だった。
「誰だ!」
一人が叫んだ。
「除霊の依頼で来た」
神崎が答える。
「ここは危険だ!
早く逃げろ!」
男は
制御盤を叩いた。
赤い警告灯が
点滅する。
「炉を止めろ!」
別の男が叫んだ。
「止めるな!」
また別の男が叫ぶ。
十二人は
互いに違う命令を
繰り返していた。
神崎は
AR-01を見た。
「何が起きている?」
「事故直前の記憶が
繰り返されています」
「十二人全員が?」
「はい。
ただし
記憶が一致していません」
神崎は
制御盤へ近づいた。
そこには
二つの操作レバーがあった。
『緊急停止』
『冷却継続』
「事故の原因は
この選択か?」
AR-01が
過去の記録を解析した。
「事故当時
冷却装置に異常が発生。
緊急停止を選べば
炉内圧力が上昇。
冷却継続を選べば
装置が破損する状態でした」
「どちらを選んでも
危険だったのか」
「はい」
神崎は
十二人を見た。
「それで
誰も決断できなかった?」
「その可能性があります」
その瞬間
制御室の床が
赤く光り始めた。
温度が
急激に上昇する。
「警告。
炉内圧力が増大」
「AR-01
完全除霊できるか?」
「可能です。
ただし
十二名の意識が
制御装置に結合しています」
「そのまま除霊したら?」
「十二名の意識も
同時に消滅する恐れがあります」
神崎は
歯を食いしばった。
「それは駄目だ」
十二人の作業員が
一斉に神崎を見た。
「決めてくれ」
「止めるのか」
「続けるのか」
声が重なる。
神崎は
二つのレバーを見つめた。
そして
AR-01に尋ねた。
「第三の方法はないのか?」
「解析します」
青い光が
制御盤を包んだ。
数秒後。
「方法があります」
「言ってくれ」
「霊的空間内の
炉内圧力を
直接解除します」
「できるのか?」
「可能です。
ただし
装置の結合点を
同時に解除する必要があります」
神崎は
うなずいた。
「やろう」
AR-01が
両腕を広げた。
青白い光が
制御室全体に広がる。
「圧力解除を開始」
巨大な溶鉱炉から
白い光が噴き出した。
十二人が
一斉に叫ぶ。
「炉が!」
「逃げろ!」
「もう駄目だ!」
神崎は
制御盤の前に立った。
「違う!」
十二人が
神崎を見る。
「もう
どちらかを選ぶ必要はない!」
AR-01の光が
さらに強くなる。
「霊的圧力
正常値へ低下」
赤い警告灯が
一つずつ消えていく。
そして
制御室の時計が
午前三時一分を示した。
三十年間
止まっていた時間が
動き始めた。
一人の作業員が
自分の手を見つめた。
「終わった……?」
神崎は
静かに答えた。
「ああ。
もう作業しなくていい」
十二人の黒い顔に
少しずつ
人間の表情が戻った。
「ありがとう……」
最初の男が
頭を下げた。
AR-01が
右腕を上げる。
「霊的結合を解除。
完全除霊を実行」
青い光が
十二人を包んだ。
身体が
光の粒へと変わっていく。
誰も
悲鳴を上げなかった。
最後の一人が
消える直前
神崎に言った。
「俺たちは
ずっと
帰りたかったんだ」
その言葉を最後に
制御室は
静寂に包まれた。
「除霊完了。
残留反応ゼロ」
溶鉱炉の赤い光が消えた。
クレーンが止まった。
搬送装置も
動かなくなった。
神崎は
窓の外を見た。
夜空には
星が輝いていた。
「三十年ぶりの
休業だな」
AR-01が答えた。
「はい。
施設内の異常は
すべて消滅しました」
翌日。
研究施設に戻った神崎は
新しい依頼を確認した。
神奈川県箱根町。
山中に建つ
古い大型ホテル。
『鏡月ホテル』
「今度はホテルか」
AR-01が
映像を表示した。
「このホテルでは
鏡に映る人物が
実際の人物と
異なる行動を取ります」
「どういうことだ?」
画面には
一人の女性が映っていた。
女性は
鏡の前に立っている。
右手を上げた。
しかし
鏡の中の女性は
動かなかった。
数秒後。
鏡の中の女性だけが
ゆっくり笑った。
神崎は
顔をしかめた。
「これは気味が悪いな」
「さらに
失踪事件が発生しています」
「何人だ?」
「五名です」
画面が切り替わる。
廊下に並ぶ
巨大な鏡。
そこには
五人の男女が映っていた。
だが
実際の廊下には
誰もいない。
「鏡の中に
閉じ込められているのか?」
「可能性があります」
神崎は
映像を拡大した。
鏡の奥には
ホテルの客室が見える。
ベッド。
机。
古い電話。
そして
壁には
一枚の宿泊者名簿があった。
「AR-01
あの名簿を拡大してくれ」
「了解しました」
文字が
鮮明になる。
宿泊者数。
五名。
チェックアウト。
未定。
神崎は
眉をひそめた。
「帰れない客か」
「もう一つ
不可解な記録があります」
「何だ?」
AR-01が
画面の下部を拡大した。
そこには
赤い文字で
一文が書かれていた。
『六人目の宿泊客を
お待ちしています』
神崎は
しばらく黙っていた。
「また
人数が増える仕組みか」
「その可能性があります」
その夜。
神崎とAR-01は
鏡月ホテルへ到着した。
巨大な建物が
霧の中に浮かんでいる。
入口には
古い回転扉があった。
神崎が
扉を押す。
ギィィ。
重い音を立てて
扉が回った。
ロビーには
誰もいない。
中央には
大きなシャンデリア。
壁一面には
巨大な鏡が並んでいた。
「AR-01
霊的反応は?」
「検出しています。
ただし
発生源が複数存在します」
「いくつだ?」
「現在
六つです」
神崎は
鏡を見た。
そこには
自分とAR-01が
映っている。
だが
何かがおかしい。
鏡の中のAR-01は
神崎の隣に立っていなかった。
少し離れた場所で
こちらを見つめている。
「AR-01……」
「はい」
「お前
動いたか?」
「いいえ」
神崎は
鏡を見つめた。
鏡の中のAR-01が
ゆっくり右腕を上げる。
そして
神崎に向けて
掌を開いた。
青白い光が
集まり始める。
神崎は
思わず後ずさった。
「AR-01!
鏡の中のお前が
除霊を始めようとしている!」
本物のAR-01が
鏡へ顔を向けた。
青い眼が
激しく点滅する。
「警告」
「何だ!」
「鏡の中の個体は
私ではありません」
その瞬間
鏡の中のAR-01が
口を開いた。
「完全除霊を
開始します」
青い光が
鏡の内側から
神崎へ向けて
放たれた。




