第3話 十三号病室の患者
見えない列車の扉が
開く音がした。
神崎直人は
遮断機の前で
足を止めた。
「AR-01
列車の位置を表示してくれ」
「了解しました」
AR-01の両眼から
青い光が放たれた。
空中に
列車の輪郭が浮かび上がる。
古い三両編成。
窓はすべて曇っていた。
そして
最後尾には
『終点なし』
と書かれた札があった。
「本当にいるのか……」
神崎は
息をのんだ。
そのとき
列車の中から
男の声が聞こえた。
「乗ってください」
神崎は動かなかった。
「誰だ?」
返事はない。
代わりに
曇った窓に
十一人の顔が浮かんだ。
全員が
同じ方向を見つめている。
「失踪者か?」
「照合中」
AR-01の眼が点滅した。
「過去二十年間の失踪者
十一名と一致しました」
「生きているのか?」
「生命反応はありません」
神崎の表情が曇った。
「全員
亡くなっているのか」
「断定できません。
生命反応を
測定できない空間に
存在している可能性があります」
神崎は
列車の扉を見つめた。
「なら
まだ助けられるかもしれない」
一歩踏み出そうとした瞬間
AR-01が
神崎の腕をつかんだ。
「乗車は危険です」
「理由は?」
「この列車には
降車地点が存在しません」
「終点がないからか」
「はい。
乗車した人間は
通常空間へ戻れなくなります」
神崎は
しばらく考えた。
「だったら
列車そのものを除霊する」
「解析を開始します」
AR-01の胸部から
青い光が広がった。
線路。
遮断機。
列車。
そして
踏切の下にある地面。
「霊的反応を検出」
「どこだ?」
「列車ではありません」
神崎は
AR-01を見た。
「じゃあ何だ?」
「踏切の地下です」
AR-01が
地面へ右腕を向けた。
青い光が
地中を透過する。
そこには
古い信号装置が
埋められていた。
「十五年前の
路線廃止時に
撤去されなかった装置です」
「それが原因か?」
「装置内部に
強力な霊的結合を確認」
神崎は
地面を見つめた。
「どうして
そんな場所に霊が?」
AR-01の解析画面に
過去の事故記録が現れた。
二十年前。
この踏切では
列車と車の衝突事故が
起きていた。
運転士は
非常ブレーキをかけた。
しかし
列車は止まらなかった。
事故の直前
信号装置が故障し
警報機が
作動しなかったのだ。
「その事故で
亡くなった人は?」
「一名です。
踏切の保守担当者でした」
神崎は
眉をひそめた。
「保守担当者?」
「事故の直前まで
信号装置の異常を
調査していました」
画面に
一人の男の写真が映った。
作業服姿の
中年男性。
「この人が
列車を動かしているのか?」
「可能性があります」
その瞬間
列車の警笛が鳴った。
神崎が顔を上げる。
曇った窓の向こうで
十一人の顔が
一斉にこちらを向いた。
「早く乗って」
「乗って」
「乗って」
声が重なった。
AR-01の眼が
赤く点滅する。
「警告。
列車の霊的反応が増大」
「本体を除霊できるか?」
「可能です。
ただし
列車内部の人間に
影響する恐れがあります」
神崎は
拳を握った。
「なら
先に十一人を出す」
「方法があります」
AR-01が
信号装置の映像を拡大した。
「装置の霊的結合を
一時的に停止させれば
列車の空間が
通常空間と接続されます」
「どれくらいだ?」
「約十秒です」
「十分だ」
AR-01が
地面へ掌を向けた。
青白い光が
地中へ伸びる。
「結合点を固定。
一時停止を実行」
踏切の警報音が
突然止まった。
列車の姿が
暗闇の中に現れる。
錆びた車体。
割れた窓。
開いたままの扉。
「今だ!」
神崎が叫んだ。
「皆さん!
降りてください!」
しかし
乗客は動かなかった。
十一人全員が
座席に座ったまま
神崎を見つめている。
「なぜ降りない?」
AR-01が答えた。
「彼らは
降車するという行動を
認識できていません」
「どういうことだ?」
「列車の内部では
時間が停止しています」
神崎は
歯を食いしばった。
「だったら
時間を動かせ!」
「了解しました」
AR-01の両腕が
青く輝いた。
「空間干渉を開始」
列車の窓が
一斉に割れた。
車内の時計が
動き始める。
カチ。
カチ。
カチ。
一人の男が
ゆっくり立ち上がった。
「ここは……」
続いて
他の乗客も動き始める。
「外へ!
早く!」
神崎が叫ぶ。
十一人が
次々と扉へ向かった。
一人。
二人。
三人。
最後の一人が
ホームのない線路へ
足を踏み出した瞬間
列車が激しく揺れた。
「警告。
停止限界まで
残り二秒」
「全員出たか?」
「十一名
確認しました」
「よし!
除霊しろ!」
AR-01の掌に
幾何学模様が展開した。
「完全除霊を実行」
青白い光が
地中の信号装置を包む。
その瞬間
男の叫び声が響いた。
「まだ
確認が終わっていない!」
神崎は
地面を見つめた。
「何を確認するんだ?」
「列車が
安全に通過したかどうかです」
AR-01が答えた。
神崎は
十一人の乗客を見た。
全員が
線路の外に立っている。
「もう大丈夫だ!」
神崎は
地面へ向かって叫んだ。
「全員
無事に降りた!
誰も残っていない!」
一瞬
静寂が訪れた。
そして
地中から
小さな声が聞こえた。
「……確認しました」
青い光が
信号装置を包み込む。
列車が
光の粒へと変わっていく。
『終点なし』
その札も
静かに消えた。
「除霊完了。
残留反応ゼロ」
踏切の警報機が
完全に停止した。
十一人の乗客は
線路の外で
呆然と立っていた。
神崎が
一人に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
男は
震える声で答えた。
「今……
何年ですか?」
神崎は
少しだけ目を伏せた。
「二〇二六年です」
男は
その場に座り込んだ。
彼らにとっては
ほんの数分だった。
しかし
外の世界では
それぞれの失踪から
長い時間が過ぎていた。
翌日。
神崎の研究施設に
新しい依頼が届いた。
東北地方。
山奥にある
廃病院。
建物の名前は
『白峰療養病院』。
「今度は病院か」
神崎がつぶやく。
AR-01が
記録を表示した。
「この病院では
過去三年間に
三名の霊媒師が
行方不明になっています」
「三人も?」
「全員が
十三号病室へ入った直後に
消息を絶っています」
画面に
古い病室の写真が映った。
錆びたベッド。
割れた窓。
壁に残る
黒い手形。
そして
ベッドの上には
一枚の診察記録があった。
患者番号。
十三。
氏名。
不明。
死亡年月日。
記載なし。
神崎は
画面を見つめた。
「患者の名前も
死亡日もないのか」
「はい。
さらに
不可解な記録があります」
「何だ?」
AR-01が
診察記録の最下部を
拡大した。
そこには
赤い文字で
一文が書かれていた。
『この患者は
まだ死んでいない』
神崎は
息を止めた。
「廃病院なのに
患者がいるのか?」
「確認が必要です」
その夜。
神崎とAR-01は
白峰療養病院へ
到着した。
山の中に
巨大な建物が
黒く浮かんでいる。
窓には
一つも明かりがない。
入口の扉には
錆びた鎖が
巻きつけられていた。
神崎が
鎖に手を伸ばす。
その瞬間
建物の奥から
呼び出しベルが鳴った。
チリン。
チリン。
チリン。
AR-01の眼が
青く光った。
「神崎」
「何だ?」
「十三号病室から
生命反応を検出しました」
神崎は
建物を見上げた。
「生きている患者が
いるのか?」
「いいえ」
AR-01が
静かに答えた。
「生命反応は
三つあります」
神崎の表情が
凍りついた。
「三つ?」
「行方不明になった
霊媒師の人数と
一致しています」
そのとき
二階の窓に
白い服を着た人物が
現れた。
神崎を見下ろし
ゆっくり手を振っている。
そして
病院の中から
かすれた声が響いた。
「次の患者さん
どうぞ」




