第12話 最初の除霊師
『最初の除霊師が
目を覚ました』
AR-01の画面に
その文字が浮かんでいた。
神崎直人は
しばらく動けなかった。
「最初の除霊師……」
「四百年以上前の
霊的記録と
一致しています」
「人間なのか?」
「不明です」
神崎は
全国の地図を見た。
赤い点が
次々と増えている。
「まずは札幌へ戻る」
「了解しました」
翌朝。
神崎とAR-01は
札幌へ到着した。
居酒屋『月影』の前には
警察の規制線が
張られていた。
周囲の建物から
住民が避難している。
研究員が
神崎へ駆け寄った。
「地下から
声が止まらないんです」
「何と言っている?」
「同じ言葉です」
研究員は
震える声で答えた。
「除霊師を返せ」
神崎は
建物を見上げた。
二年間の改良を終えた後
最初に訪れた
除霊現場だった。
「AR-01
地下の空洞まで
何メートルだ?」
「地表から
百八十六メートルです」
「そんな深さに
何がある?」
「七つの円形構造と
中央の石室を確認」
神崎は
建物の中へ入った。
止まっていた時計が
逆回転している。
午前二時四十四分。
針が
そこを通過するたび
壁の奥から
低い声が聞こえた。
『返せ』
神崎は
時計を見つめた。
「AR-01
時計と地下空洞は
つながっているか?」
「はい。
霊的な通路が
形成されています」
「開けられるか?」
「可能です」
AR-01が
青い光を放った。
床板の中央に
円形の模様が現れる。
古い文字。
七つの線。
そして
中央の黒い点。
「京都の箱と
同じ模様だ」
「一致を確認」
床が
ゆっくり開いた。
その下には
石造りの階段が
続いていた。
神崎は
懐中電灯を握った。
「行くぞ」
二人は
地下へ降りた。
階段は
異常なほど長かった。
途中から
周囲の壁が
古い石へ変わる。
湿った空気。
冷たい風。
そして
遠くから聞こえる
鈴の音。
チリン。
チリン。
神崎は
足を止めた。
「誰かいる」
「生命反応は
ありません」
「霊的反応は?」
「極めて強い反応を
一体検出」
階段の先に
巨大な空洞が現れた。
中央には
七つの石門が
円形に並んでいる。
すべて
閉ざされていた。
その中心に
小さな石室があった。
神崎が
近づこうとした瞬間
一つ目の門が
ゆっくり開いた。
中から
古い踏切の音が
聞こえた。
カン。
カン。
カン。
二つ目の門からは
病院の呼び出し音。
三つ目からは
製鉄所の機械音。
四つ目からは
鏡の割れる音。
五つ目からは
地下鉄の走行音。
六つ目からは
子供たちの拍手。
そして
七つ目からは
波の音が響いた。
神崎は
息をのんだ。
「全部……
俺たちが除霊した
場所の音だ」
AR-01が
静かに答えた。
「七つの門が
全国の怪異と
接続されています」
「除霊した霊が
戻ったわけじゃないんだな」
「はい。
別の霊的反応が
各地点へ送られています」
そのとき
石室の扉が
音もなく開いた。
中には
一人の男が
座っていた。
古い着物。
長い白髪。
手には
黒い数珠。
男は
ゆっくり顔を上げた。
「ようやく
来たか」
神崎は
身構えた。
「お前が
最初の除霊師か?」
男は
静かに笑った。
「そう呼ばれたことも
あった」
「名前は?」
「久世玄道」
AR-01が
即座に反応した。
「古文書との
一致を確認」
神崎は
振り返った。
「記録があるのか?」
「はい。
四百十二年前の
寺院記録です」
画面に
古い文書が映った。
『久世玄道』
『七門封霊術』
『帰らずの者』
神崎は
眉をひそめた。
「帰らずの者……」
京都の寺で
見つけた名前だった。
玄道は
ゆっくり立ち上がった。
「お前たちは
門を開いた」
神崎は
首を横に振った。
「俺たちは
霊を救っただけだ」
「それが
鍵だったのだ」
「どういう意味だ?」
玄道は
七つの門を見渡した。
「四百年前
私は
あるものを封じた」
「何を?」
「帰る場所を
持たない者たちの
絶望だ」
神崎は
黙って聞いた。
「死者は
未練を残す」
玄道が続けた。
「会いたい者。
帰りたい場所。
果たせなかった約束」
「それが
霊になるんだろ」
「そうだ」
玄道は
数珠を握りしめた。
「だが
私は
彼らを救えなかった」
神崎は
男の顔を見た。
「なぜ?」
「消すことしか
知らなかったからだ」
その言葉に
AR-01が反応した。
「古い除霊術は
霊的存在を
強制的に封じる方式です」
玄道は
うなずいた。
「私は
七つの門を造り
救えなかった霊を
閉じ込めた」
「四百年間も?」
「そうだ」
神崎は
拳を握った。
「そんなことをすれば
苦しみが残る」
玄道は
静かに答えた。
「分かっている」
その瞬間
七つの門が
激しく震えた。
中から
無数の声が響く。
『帰りたい』
『助けて』
『忘れないで』
神崎は
耳を押さえた。
「AR-01
何体いる?」
「測定不能です」
「そんなに……」
玄道は
神崎へ近づいた。
「私は
長い間
待っていた」
「何を?」
「私の代わりに
彼らを救える者を」
神崎は
AR-01を見た。
「俺たちを
待っていたのか?」
「そうだ」
玄道は
小さく笑った。
「完全除霊体AR-01」
神崎の表情が
変わった。
「なぜ
名前を知っている?」
「門を通じて
お前たちを見ていた」
玄道は
続けた。
「霊を吸収せず
結合を解き
残留反応を消す」
「それが
お前の望みか?」
「そうだ」
神崎は
七つの門を見た。
「なら
なぜ全国で
怪異を起こした?」
玄道の笑みが
消えた。
「私ではない」
神崎は
目を見開いた。
「何?」
玄道は
石室の奥を指さした。
そこには
もう一つの扉があった。
七つの門より
はるかに古い
黒い扉。
「私が封じたのは
霊だけではない」
神崎は
ゆっくり近づいた。
「何が
いるんだ?」
玄道は
震える声で答えた。
「霊が消えることを
拒むものだ」
その瞬間
黒い扉の向こうから
低い笑い声がした。
『やっと
ここまで来た』
神崎は
振り返った。
「誰だ!」
『お前たちが
消してきたものを
私は覚えている』
AR-01の眼が
赤く点滅する。
「警告。
未知の霊的構造を検出」
神崎は
黒い扉を見つめた。
「玄道
あれは何だ?」
玄道は
数珠を握りしめた。
「名を持たぬ
最初の未練」
「最初の未練?」
「誰にも
覚えられず
誰にも
救われなかったものだ」
神崎は
息をのんだ。
玄道は
静かに続けた。
「私は
あれを封じるために
七つの門を造った」
「だが
門が開き始めた」
「そうだ」
黒い扉が
ゆっくり震えた。
その表面に
無数の手形が現れる。
『返せ』
『返せ』
『返せ』
声が
空洞全体に響いた。
神崎は
AR-01へ命じた。
「完全除霊の準備だ」
「了解しました」
AR-01の胸部が
青く輝いた。
しかし
次の瞬間
光が消えた。
「異常」
神崎は
目を見開いた。
「どうした?」
「除霊対象を
特定できません」
「なぜだ?」
「対象に
独立した霊的中枢が
存在しません」
玄道が
ゆっくり首を振った。
「だから
封じるしか
なかったのだ」
黒い扉の向こうで
何かが動いた。
そして
神崎の声が
聞こえた。
『AR-01
完全除霊を実行』
神崎は
凍りついた。
「俺は
命令していない」
AR-01の眼が
青く輝く。
「命令を受信」
神崎は
叫んだ。
「待て!
それは俺じゃない!」
しかし
AR-01は
黒い扉へ腕を向けた。
「完全除霊を
開始します」
玄道が
絶叫した。
「やめろ!
それを消せば
七つの門が崩れる!」
神崎は
AR-01へ駆け寄った。
「AR-01!
停止しろ!」
青白い光が
黒い扉を包んだ。
そして
地下空洞全体が
激しく揺れ始めた。
七つの門に
亀裂が走る。
黒い扉の向こうから
静かな声がした。
『ありがとう』
神崎は
息を止めた。
『これで
外へ出られる』
次の瞬間
七つの石門が
一斉に砕け散った。




