第11話 全国同時の怪異
灯台の扉が
静かに閉まった。
神崎直人は
巨大なレンズを見つめた。
ガラスの中では
もう一人の神崎が
不気味に笑っている。
「七人目は
もうここにいる」
神崎は
ゆっくり後ずさった。
「AR-01
あれは何だ?」
「生命反応はありません。
霊的な複製体です」
「海底トンネルと
同じ現象か?」
「いいえ。
構造が異なります」
レンズの中の神崎が
口を開いた。
「六人が
待っている」
「誰をだ?」
「最後の一人を」
その瞬間
灯室の床が
激しく揺れた。
レンズの表面に
六つの人影が浮かぶ。
全員
濡れた服を着ていた。
「二十年前の
海難事故か?」
「一致する可能性が
高いです」
AR-01の眼が
青く輝いた。
「霊的結合を解析」
六つの人影は
同じ方向を
指さしていた。
灯室の床。
神崎は
足元を見た。
古い鉄板に
小さな取っ手がある。
「地下室か?」
「内部に
空間を確認」
神崎は
取っ手を引いた。
鉄板が開く。
その下には
狭い階段があった。
冷たい潮風が
吹き上がってくる。
「行くぞ」
AR-01が
先に降りた。
階段の先には
小さな部屋があった。
古い机。
錆びた無線機。
壁に掛けられた
救難記録。
神崎は
記録を手に取った。
『遭難者七名』
『収容者六名』
そして
最後の一行。
『灯台守
行方不明』
神崎は
顔を上げた。
「七人目は
灯台守だったのか」
「記録を照合します」
AR-01が
古い写真を表示した。
七人の男たち。
六人は
事故で亡くなった船員。
最後の一人は
灯台守だった。
神崎は
写真を見つめた。
「なぜ
灯台守まで?」
そのとき
無線機から
雑音が聞こえた。
ザーッ。
ザーッ。
『こちら
黒潮岬灯台』
神崎は
無線機を見た。
『救助船を
出してください』
声は
震えていた。
『まだ
六人が海にいます』
神崎は
息をのんだ。
「事故当日の
通信か?」
「はい。
二十年前の
音声記録です」
無線機から
別の声が響いた。
『悪天候のため
出航できません』
『夜明けまで
待機してください』
その直後
灯台守の声がした。
『それでは
間に合わない!』
激しい雑音。
そして
最後の言葉。
『私が
迎えに行く』
無線が途切れた。
神崎は
しばらく黙っていた。
「自分で
海へ出たのか」
「その可能性があります」
AR-01が
地下室の壁を照らした。
そこには
古い航海図が
貼られていた。
赤い印が
七つ描かれている。
六つは
海上にあった。
最後の一つは
灯台の位置だった。
「AR-01
この印は?」
「霊的結合点です」
「六人と
灯台守か?」
「はい」
神崎は
腕を組んだ。
「灯台守は
六人を迎えに行った」
「はい」
「でも
帰ってこなかった」
「記録上は
そのとおりです」
神崎は
天井を見上げた。
「だから
今も数えているのか」
その瞬間
地下室の壁に
黒い文字が浮かんだ。
『あと一人』
神崎は
眉をひそめた。
「六人じゃなく
一人足りないのか?」
AR-01が
答えた。
「霊的構造を
再解析します」
青い光が
航海図を包んだ。
「確認しました」
「何が?」
「六名の船員は
灯台守の帰還を
待っています」
神崎は
目を見開いた。
「逆だったのか」
「はい。
灯台の点滅は
死亡者数ではありません」
「じゃあ
何を数えていた?」
「帰還を待つ
霊的結合の数です」
神崎は
壁の文字を見た。
『あと一人』
「灯台守を
連れ戻せばいいんだな」
「その可能性が
高いです」
神崎は
AR-01を見た。
「居場所は?」
「灯台の
レンズ内部です」
二人は
急いで灯室へ戻った。
レンズの中では
神崎の複製体が
まだ笑っていた。
「遅かったな」
神崎は
正面に立った。
「お前は
灯台守か?」
複製体の笑みが
消えた。
「私は
帰る道を
探している」
「名前は?」
長い沈黙。
そして
小さな声。
「高瀬……
宗一」
AR-01が
写真を表示した。
「一致しました。
灯台守
高瀬宗一です」
神崎は
レンズへ手を伸ばした。
「六人が
待っているぞ」
高瀬の姿が
ゆっくり現れた。
古い制服。
濡れた帽子。
疲れ切った顔。
「まだ……
待っているのか?」
「ああ。
ずっとな」
高瀬は
目を閉じた。
「帰りたかった……」
AR-01が
両腕を広げた。
「七名の霊的結合を
確認しました」
青白い光が
灯室を包む。
レンズの中から
六人の船員が現れた。
一人が
高瀬へ手を差し出す。
「帰ろう」
高瀬は
その手を握った。
「すまなかった」
船員は
首を横に振った。
「迎えに来てくれて
ありがとう」
神崎は
静かにうなずいた。
「AR-01
頼む」
「了解しました。
完全除霊を実行」
七人の姿が
光の粒へ変わっていく。
灯台のレンズが
最後に一度だけ
白く輝いた。
そして
完全に消えた。
「除霊完了。
残留反応ゼロ」
神崎は
深く息を吐いた。
「これで
島の人たちは
助かるな」
「はい。
死亡予告に関連する
霊的現象は消滅しました」
しかし
AR-01は
その直後
動きを止めた。
「神崎」
「何だ?」
「異常な通信を
受信しています」
「どこから?」
「全国の
観測地点です」
神崎は
顔を上げた。
「全国?」
AR-01の眼が
赤く点滅した。
「緊急警告。
複数の除霊済み地点で
霊的反応が再発生」
神崎は
息をのんだ。
「再発生だと?」
「はい」
AR-01が
空中に地図を投影した。
北海道。
東北。
関東。
東京。
京都。
四国。
九州。
次々と
赤い点が現れる。
「全部……
俺たちが行った場所か?」
「確認しました。
過去の除霊地点です」
神崎は
画面を見つめた。
「残留反応は
ゼロだったはずだ」
「そのとおりです」
「なら
なぜ戻ってきた?」
「原因不明です」
研究施設から
緊急通信が入った。
『神崎さん!
大変です!』
研究員の声だった。
『札幌の月影で
また時計が動き始めました!』
神崎は
表情を変えた。
「何だって?」
『午前二時四十四分で
止まっていた時計が
逆回転しています!』
続けて
別の報告が入る。
『北海道の踏切で
存在しない列車を確認!』
『白峰療養病院の
十三号病室から
呼び出し音!』
『鏡月ホテルの鏡に
人影が出現!』
神崎は
拳を握った。
「AR-01
除霊は
失敗していたのか?」
「いいえ」
AR-01は
即座に答えた。
「各地点の除霊は
完全に成功しています」
「じゃあ
これは何なんだ?」
「外部から
新しい霊的反応が
送り込まれています」
神崎は
目を見開いた。
「送り込まれている?」
「はい。
すべての反応に
同一の構造があります」
「発信源は?」
「解析中」
AR-01の胸部が
青く輝いた。
全国の赤い点から
細い線が伸びる。
線は
日本列島の上空で
一つに重なった。
神崎は
画面を見つめた。
「これは……」
「七つの主要結合点を
確認しました」
「七つ?」
神崎の頭に
京都の木箱が浮かんだ。
『七つの門』
「まさか……」
AR-01が
静かに告げた。
「神崎。
過去の事件は
独立した現象では
なかった可能性があります」
「最初から
つながっていたのか?」
「その可能性が
高いです」
神崎は
窓の外を見た。
夜の海は
静かだった。
しかし
全国では
再び怪異が始まっている。
「AR-01
発信源を
突き止めろ」
「了解しました」
数秒後。
AR-01の眼が
突然赤く点滅した。
「発信源を特定」
神崎は
振り返った。
「どこだ?」
「北海道です」
「北海道の
どこだ?」
AR-01が
地図を拡大した。
札幌市。
かつて
最初の除霊を行った
居酒屋『月影』。
神崎は
眉をひそめた。
「最初の現場か」
「いいえ」
AR-01が
静かに訂正した。
「月影の
さらに地下です」
画面に
地中の断面図が現れた。
地下深く。
地図にも
記録にもない
巨大な空洞。
その中心に
七つの円が
描かれていた。
神崎は
息をのんだ。
「こんなものが
札幌の地下に……」
AR-01が
解析結果を表示した。
『建造年代
推定四百年以上前』
神崎は
画面から
目を離せなかった。
そのとき
研究施設から
新しい通信が入った。
『神崎さん!
月影の地下から
声が聞こえます!』
「何と言っている?」
研究員は
震える声で答えた。
『除霊師を
返せ……と』
神崎は
AR-01を見た。
「除霊師?」
その瞬間
全国の赤い点が
一斉に点滅した。
そして
AR-01の画面に
一行の文字が現れた。
『最初の除霊師が
目を覚ました』
神崎は
小さくつぶやいた。
「俺たちは……
何を起こしてしまったんだ?」




