【1-8】作戦会議といきましょう!
勢いに任せて、額をコツンと合わされて、「ゴミ同士仲良くしましょう」なんて言われた直後だ。二人とも妙に黙っていて少し気まずい。照れ隠しのようにそっぽを向いたシエルに促されて、私は初めて資料室へと足を踏み入れた。
今まで、なんとなく入るべきではないだろうと思っていたからなのか、私は少しわくわくしている。もしかすると、お友達の邸宅に行くってこんな感じなのかもしれない、と気がついて少し嬉しかった。
シエルが私の身体分しか扉を開けなかった、いや、開けられなかった理由はその先の景色を見て納得した。
「これは……足の踏み場もないわね」
『仕方ないじゃない。色々仮説立てたり本を読んだりしてたら、机じゃ足りなくって』
石で作られた部屋の筈なのに、石の部分を天井以外見ることができない。部屋中が紙で真っ白だった。
私は踏んでも良さそうなところを選びながらそっと足を降ろした。ちらりとシエルの反応を見ると、こちらを見向きもせずに当然のように紙束を踏んで行く。なんだか勝手に損した気分だ。
奥の古い木のイスに座ると、シエルは何やら書類を持ってきた。
「これだけ調べているのって私の白い手のことよね」
『えぇ、何故突然やって来たのかについて考えてみたの』
シエルが立てた仮説を要約すると、『私がここに来る前にトチ狂って契約してたか、あるいはあの化け物が気まぐれでお姉様の魔力に釣られてやってきたか』とのことだった。どちらにしても、私はあまり納得がいかなかった。
「地上にいた頃にそんな化け物と出会った覚えは無いわね」
『まあ魔獣は記憶を食べるから、忘れてる可能性だって十分にあるわ』
「2つ目の仮説だと、興味で地下室に?どうしてかしら」
『お姉様の魔力に反応して、とか……? 契約の覚えがないなら自主的に来た以外ないのよね。ただ、この場合でもお姉様が一度は魔獣と接触しておかないといけないわ。わざわざ奴らも人がいるかも分からない地下に来ないと思うのよ』
仮説を立てても矛盾が生じて、これといって良い理由が出てこない。訳の分からない古代の魔獣を、無意識に呼び寄せてしまうかもしれないなんて怖すぎる
「うーん、なんだかまとまらないわね」
『だってここの資料じゃ全然足りないし…… 』
シエルは持っていた紙を天井に向かって投げた。古い紙はひらひらと大きな花びらのように降ってくる。ヤケクソになった亡霊の少女は、後ろには本があることもお構いなしに倒れ込んだ。
(本当に元王女なのかしら)
ボフッと音を立てて周りの紙は、また上へ舞い上がる。ここにある資料も大事なものなのに、それがどうでも良くなるくらい彼女は悩んでいるようだった。
『あぁ、書庫』
ロウソクの光が、シエルの瞳に反射している。ほんのり明るくなった彼女の目の光は、私には見えない遙か遠くを照らしていた。小さなロウソクの炎はゆらゆらと不安定に揺れている。
「書庫?」
『魔術書庫に行けたら、何か分かるかもしれないわ』
「それって……」
シエルは私を見ること無く、勢いを付けて起き上がるとニコリと笑って天井を指さした。上を見てもどこまであるのか分からない、高い天井が続いている。
『外に出るわよ!』
シエルの声が部屋を反響した。大きく聞こえたのは、きっとそれだけのせいじゃない。心臓がバクバクとうるさくて、真っ先に思い浮かんだのはルカの顔だった。
(また、会えるかもしれない)
この期待が私の胸を踊らせた。でも、ルカの次には現実という大きな壁が私に迫ってきていた。
「私達出られるの?」
そもそもなぜ私もシエルもここに閉じ込められているのか。国の防衛、結界の維持をするためだ。大きな隣国がこの国に攻め込まずに済んでいるのは、これのお陰なのだ。魔力をできるだけ絶えず供給し続けることで、より結界の表面の強度に差をつけることなく均等に分担できる。
システムとして生体核自体は結界強度を上げる面では一番効率的だ。
「私が出て行けば結界はどうなるのよ」
『数日後には崩壊するわね。今まで王族が魔力供給できないときは、代わりに小さな魔石を持ってきてくれる人がいたんだけど』
「文官かしら?」
『いいえ、あれはもっと高貴な身分の人だと思うわ。身なり的に』
影で王族を支えてくれていた人がいたなんて、王女なのに知らないことが恥ずかしい。今まではいて、もういないなんて、ご高齢だったのだろうか。
「魔石を手に入れたとしても、どちらにせよそれを替えに来ないと行けないわ」
外から魔力を供給できればいいのだが、魔石の間はそんな便利なことができるならそもそも必要ないだろう。
替えに来ると普通に言ってしまったが、魔石だって小さくてもかなり高価な代物なのだ。特産地域である隣国の峻険な山々、そこを越える際にかかる莫大な関税。昔、シルヴレッタには魔石に魔法陣を描くことで何度も使えるようにした偉大な人がいたそうだ。それがここにある大きな青い魔石のことなんだとか。
『私としては、結界が崩壊して混乱してる方が逃げやすくて都合がいいのだけれど……』
「脱走して結界を破壊するわけにはいかないわ。兄様やお母様が守った国がめちゃくちゃになってしまう」
私の回答を聞いて、シエルはやっぱりねと言いたげなため息をつくと、近くにあった適当な石でゴーレムを作って遊びだした。子供っぽいその遊びを見て、私は一つの案を思いついた。
「それよ!」
『は?』
「結界を騙せばいいじゃない!私達がいるってことにして!」
シエルはうーんと少し唸ると、ぱっと目をキラキラと輝かせ、私の頭を両手でグシャグシャと撫で回した。
『よく思いついたわね……!』
シエルのドールを回路に噛ませて、私の魔力を大量に流し込んでおけば数日くらいは結界を維持したまま欺ける。扉からまともに逃げようとすれば、回路が切断されて非常警報が鳴り、結界が落ちて騎士団が押し寄せるが、こうすれば全く問題がない。
とはいってもあんな扉を壊せば、螺旋階段にいる衛兵が即座に気がつくだろう。
外に出る、という今や夢のようなことが現実味を帯び始めた。
「どうするにしてもまずは外の様子を知らないとね」
私は両手を地面について目を閉じ、魔力を流し込む。そうして魔導回路を通じて王宮内の人の動きを感知していた。出るなら、まずは行く先である外の状況を調べなければならない。
「王宮内の人が増えたわね。行事ごとかしら? もうしばらく外の様子を見てないから何の時期かすら分からないわ」
『お姉様が来てからどれくらい経ったの?』
「さぁ……ご飯を届けに来てくれる子供に聞いてみても良いけど教えてくれるかしら」
地下で暮らし始めてかなり時間が経っている。長らく日の光を浴びてないせいで時間感覚がおかしくなり始めている自覚はあった。一日の間に二回ご飯が運ばれてくるが、来る時間が早く感じたり、時計が無いせいで頭がおかしくなりそうなほど待つこともあった。
魔石の間の扉は完全に締め切られ、鍵を外からかけられていて内側から開けることはできない。排気口みたいな適当な穴が扉に空いていて、そこから水と干し肉や乾パンを投げ入れられたりしている。
今もさっき入れられた乾パンを片手に、魔導回路へ魔力を流していた。
『お姉様ったら本当やつれてきたわね』
ぎりぎり生命を保てているが、流石に痩せてきた。そろそろまともなご飯にありつきたい。
「ご飯は最低限しか貰えないから仕方ないわ。私だって外の豪華なご飯が食べたいわよ……美味しいものといえばやっぱりチーズ、あー、チーズフォンデュが食べたいわ!」
『出れたらいくらでも食べられるわよ』
「この硬くて歯が折れそうな乾パンも、チーズさえあれば美味しくなるのよ! 食べ物のこと考えたら外が恋しくなってきちゃったじゃない」
シエルは騒ぐ私に呆れて肩をすくめた。冷静に考えて欲しいのだが、数ヶ月間保存食のような同じ味のものを与えられ続けて外の時間も分からないとなると、どんな屈強な騎士でも途中で音を上げるだろう。まともな会話を続けられる自分を褒め称えたいものだ。
『もうお姉様が何食べたいかとかは本当どうでもいいわ……人が増えてる理由の方が大事、そうでしょ?警備が厳重化していたら困るわ』
「はーー、いつもの数倍の数の足があるのを感じるわ。城下町の人間も一部が王宮内に入ってるんじゃないかしら」
こすれる布の音から察するに、そこまで分厚い服を着ているわけではなさそうだ。では、冬はそろそろ開けた頃だろうか。城壁がワラワラと集まってくる人々の足音で揺れている。これだけの数の城下町の人間もいるとなると、自ずと出てくるのは一つの答えだ。
「『建国祭!』」
二人で揃ってその言葉が飛び出してきて、私達はチラっとお互い目を合わせてしまい、少し笑ってしまった。
『ふふっ、まあ建国祭は大事だもの。そりゃ王族だし、二人ともすぐ出てくるわ』
「これはチャンスだわ。こんな絶好のタイミングを利用しないわけにはいかないわね」
外へ出るための、最初の作戦が始まろうとしていた。
息を合わせて見出した脱出の好機、建国祭!地上でアンネリーゼたちを待ち受けるものとはーー
本日20:40より、後編(第9話)を投稿します!是非続けて読んでいただけると嬉しいです




