【1-3】友達の作り方
前略、天国のお母様とお兄様、それから地上にいるルカ。私、アンネリーゼは元気です。
地下での暮らしが始まって数日が経ちました。ここではご飯が冷たいし、お風呂もないから魔術で水を出すしかないし、ベッドがないので申し訳程度の草を魔術で出して上に寝ています。フカフカの王宮のベッドが懐かしいです。
それから、人生初めての対等なお友達もできました。
『いい? この魔導回路はこの城中どころか、国の至る所まで繋がっているわ。つまり、私達は魔力を辿ればどこへでもいけるってことよ!』
ビシッと言い切って満足そうなのは、亡霊のシエルだ。この私より小さな女の子は、一体何を力説しているのか、それはこの国のシステムのことだ。
「どこへでも、とはどういうこと?」
よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに彼女はにんまりと笑うと、ネズミのドール試作品216号を魔導回路の上に乗せた。
『お姉様、この魔導回路に魔力を流してみて』
少し離れた位置に置かれたドールのいる方向に向かって魔力を流す。これといって変わった点はない。
『ほら、よーく意識を集中させて。ドールに向かって微量の魔力が流れてないかしら』
目を閉じ、魔力の流れに意識を集中させる。確かに、ドールの近くで、血を吸う虫のような小さな針で少しずつ吸い上げられるような感覚がする。触れているドールの四本の歪な足の形、流れていった魔力がどう動いているのか、核はどこか。魔力から情報は逆流して入ってくる。
「……確かに流れてるわね、本当に注意しないと気がつけないレベルだわ」
『でもそこに、ドールの存在は感じられるでしょう? 私がさっき言っていた『どこにでも行ける』というのは、『この部屋から国の全てを感知できる』ということよ!』
満足げに笑った彼女は、ドールを回収した。ドールは掴まれた途端に、カタカタと歯ぎしりのような鳴き声を上げる。
その細い指先がドールに触れた瞬間、周囲の空気が凍りついたような錯覚に陥った。
——グシャ、ガリッ
カランカラン、と地面にパーツが落ちる音がした。手の中のドールは魔力を失い、バラバラになって原形を留められない。
「……っえ?」
彼女の手に体温はないはずなのに、そこには鉄を飴細工のように捻り切る、重い力が宿っていた。
『あぁ、もうこの子は役割が終わったの。いずれ尽きる魔力の命だし、痛みなんてないから安心してね』
目を細めて手の中の残骸を見つめる彼女は、ひどく寂しそうに見えた。しかし私は、数百年この世に繋ぎとめられた人の、こんな壮大な孤独に対してなんて声をかければ良いのか分からなかった。
「シエル、なんで今ドールを潰したの」
シエルは振り返ると、以前は鼠の頭であっただろう部品を心底愛おしそうに——あるいは、吐き気を催すような蔑みを込めて見つめている。
彼女の深い青の目はどこまでも奥が見えなくて、落ちてしまいそうだと思った。私は本物の化け物にでも遭遇した気分だった。
『お姉様、このドールはもう不必要なのよ。要らないものは捨てないと、捨てなきゃ駄目なの』
その声には怒りも悲しみもなく、ただ、使い古した紙を丸めて捨てるような、恐ろしいほど平坦な『正論』だけが宿っていた。
一瞬だけひどく幼い、泣きそうな顔をしたのだ。なのにすぐシエルはいつものように笑うと、手をパッとこちらに向けて開いて部品を全て地面に落とした。
私は彼女が何を言いたいのか、その全てをくみ取れずにいる。
「シエル、あなた……」
私の目の前で開いて閉じた手は、彼女の手を握れない。
ただ、この部屋の魔導回路からカチカチという音が、誰かの泣き声のような音が聞こえた気がして私は何も出来ない手を握りしめる。
床の魔導回路に触れた指先には、今も血を吸う虫に噛まれたような、チリチリとした不快な熱を纏った。
『さぁ、お姉様。次はもっと面白いことを教えてあげるわ』
本当に対等な友達なら、私はこのときの彼女になんて声をかけただろうか。
***
「お茶会ですって?この地下で?」
面白いことと言うので何かと思えば優雅なお茶会のことだった。
紅茶は淑女の嗜みである。お茶会は相手をもてなし、時には政治的な面で有利に進むよう仕向ける場でもある。だが私もこんな場所に来てからは、娯楽というものはないに等しい状態が続いていた。
『私にとって久し振りの友人ができたのよ? "お茶会"しないなんて選択肢は無いでしょう。実際にやったことはないから、お姉様もちゃんと教えてね』
「いや……シエル、まずここにはティーセットも茶葉も、合わせるお菓子もないのよ」
いくら古代魔術でティーカップは作れても、食べ物の類で再現できるのは恐らく形までだろう。虚無から生まれた、イメージ上のクッキーやケーキなんて味がしなさそうだ。そんなこと、彼女が一番わかっているだろうに。
『ふっ、お姉様が今考えていることが手に取るように分かりますわ! 食べ物の魔術なんて食べられないじゃ無いかと考えているのでしょうが、まだまだ甘いですわね』
「ええまあ、実際そうじゃないの」
私の話を聞いているのかいないのか、シエルは目の前で机や椅子を並べて、準備を着々とすすめていた。よほど浮かれているのだろうか、キラキラ輝く瞳は年相応の女の子のようだ。
床に丸く滑らせて椅子をこちらに向け、足を組んで座ると得意げになってペラペラと話し始めた。
『魔術とは、イメージと想いがものを言う世界よ。お姉様の蝶は、その純粋な想いが具現化されたもの。あれはもっと工夫すれば、触れた時に相手へ具体的な映像やメッセージを送れるの!!』
「つまり?」
『食べると思い出の味がするケーキを作ろうってわけよ!』
この場における思い出の味は、恐らく懐かしい母の味とは意味が違う。文字通り”思い出を味わう”のだろう。尤も、そんなケーキなど食べたことないので全く想像できないが。
『じゃあ私から行くわね、王宮にいたときに客が来るとよく食べていたの』
シエルは目を閉じると、手をお椀のように丸くして何やら笑いながら思い出話を語り出した。同時に、シエルの手の中にはキラキラとした光が集まり始める。
『料理人が焼いてくれたの美味しかったなぁ。お母様と一緒に食べていて、あぁ、ルシアンもよく来てくれたわね。メイドが運んでくるときに、良い香りがして……』
掌中の光に輪郭が見え始め、段々と形になっていく。粘土のように捏ねられた魔術は、最終的に茶色のパンのようなものに変わった。
『できたわよ』
「これが、お菓子?」
ゴトッと食べ物らしからぬ音を立て、魔法でできた皿に置かれたのは自分が知るものとはかけ離れた形状の物だった。
まず、鼻を突くのは、現代の厨房ではあり得ないほど濃厚なスパイスの香り。ケーキとは甘いもだという自分の固定観念のせいか、目の前の物がケーキには見えない。色は茶色く、表面には蜂蜜が結晶化した鈍い光沢があり、表面にはシルヴレッタ家の紋章が彫られている。
「なんだか、私の知るケーキとは違うのだけれど……」
『何言ってんのよ。王族が食べられる最高級の嗜好品といえばこれよ! 私のいた頃はこれは神への捧げ物であり、王の力を示すものでもあったのよ』
恐る恐る席に座ると、シエルが誇らしげに差し出したフォークを使い、私はその重厚な塊を一口切り取った。
「じゃあ、いただくわね」
『召し上がれ!』
舌の上に広がったのは、甘みでもスパイスでもない。味なんて最初から存在しなかった。まるで、インクの染みた紙の束や古い布を無理やり噛まされているかのような異物感。
「ちょっとシエ——え?」
喉の奥へ呑み込んだ瞬間、脳髄を直接掴まれたように、ぐにゃりと視界が歪む。今までに経験したことのないようなめまいと気持ちの悪さに思わず目をつむった。
——アハハ、アハハハハ!
幼女の笑い声が頭に響く。次に私が目を開けたとき、地下の石畳は消え失せていた。
代わりに視界を埋め尽くしていたのは、天井まで届く無数の本棚だった




